幸せなのだ

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 義父母には「神社に最後に香水を供えに行きたくて、お参りしていたら時間をすぎてしまった」とひたすら謝った。義父母は顔を見合わせて、「約束を破るのはよくないから、せめて事前に言いなさい」と困惑しながらも許してくれた。無理にすすめた縁談がそこまで嫌だったのかと思われたらしい。本当に申し訳ないかぎりで、謝ることしかできなかった。  そういったことを経て、春子は小間物屋の家に戻り、子槻が隣で働くようになった。季節は秋から春になっていた。  お客を見送ったあとも春子を見つめて微笑み続ける子槻に、春子は目を泳がせる。 「な、何ですか?」 「いいや。春子はずっと見つめていても飽きないものだから。幸せなのだ」  歯の浮くようなことを言われてしまい、どぎまぎするが、子槻の場合本心なのだ。「でも、ずっと見られていたらお客様が来たとき困りますし」と言おうとした矢先、店の前の道に人力車が止まった。下りてきたのは藤の着物に髪を結い上げた婦人と、お付きの女中だった。春子は息をのむ。  水谷男爵夫人、清美が柔和な笑みで春子の前に立っていた。 「お久しぶりね」  清美の声で春子は我に返る。
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