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一緒にいられるだけで
義父母は子槻を気に入っているようだった。子槻の人懐こい性格のおかげもあるだろう。春子が見合いをすっぽかしたのは子槻に想いを寄せているからではないか、と思っているふしがある。
夜もふけてきたので、泊まっていきなさいということになった。
縁側に面する庭には、桜が花開いている。夕食後、春子は縁側に腰かけて散り始めの桜を見ていた。足音に振り向くと、子槻が立っていた。ねずみ色の長着だ。小間物屋で働くようになってからは、子槻は洋装でなく長着のほうが見慣れた姿となった。
「よいだろうか?」
子槻が春子の隣をさしたので頷くと、子槻は嬉しそうに隣に座った。
「桜が美しいね」
子槻が庭に視線を転じて目を細める。月が大きく、白く連なった花はもちろん、散っていく花びらまでよく見える。
「わたし、よく変わっていると言われますが、満開の桜より散り始めの桜のほうが好きなんです。風で一斉に花びらが降り注いでくるのが大好きで」
「ああ、なるほど。たしかに美しいね」
子槻の笑顔に何となく気恥ずかしくなって、少しだけ視線を外す。
「実は、先日天野家に行ってきたのだ」
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