一緒にいられるだけで

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 春子は思わず視線を戻した。中つ野に戻ってきて以来、子槻が天野家を訪れるのは初めてだったはずだからだ。 「自分で消した記憶とはいえ、もしかしたらほんの欠片でも残っていないかと……やはり父上も母上も覚えていなかったが」  子槻は、痛むように本当にわずかに瞳を細めた。 「ふたりの記憶は響生が亡くなったところで終わっているはずだから、それが本来の形で、そちらのほうが幸せだったのかもしれない。けれどこの体を返せないから、一緒の墓に行くことはできない。それが、とても親不孝なことをしてしまったと、心にのしかかっている。一生、忘れることなく省みていかなければいけない。せめてもの罪滅ぼしとして」  春子は何と言えばいいのか分からなかった。迷って、ふわりと思いが浮かび上がってきた。 「軽々しくは言えませんが、それでも、わたしは今ここに子槻さんがいてくれて、嬉しいです」  子槻の表情が泣き出しそうに震えて、微笑に変わる。けれど再びしぼんだ。 「ありがとう。けれど、わたしは君を妻にしたいのだが……いや、必ずするのだが、わたしにはもう立場もお金もないから、君を幸せにしてあげられないかもしれない」
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