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子槻の香り
手に触れられたからだ、と思おうとして、そういえば踊りのときはもっと密着していたから手だけでこんなに鼓動が速まるはずが、と落ち着こうと考えて逆効果になる。とにかく息を深く吸って、吐いて、子槻をうかがうと、「何がいけなかったのだ、言い方なのか? 婦人の心をつかむためには不勉強だったのか? こんなことなら玲にでも聞いておけばよかった……」と庭に向かってうなだれていた。
何だか申し訳なくなってきて、鼓動が少しずつおさまってくる。
「あの……明日、母に香水を供えに行こうと思います」
子槻が顔を上げる。顔を合わせることに勇気がいったが、話に集中する。
「子槻さんがご両親に会われたということで、わたしも決心がつきました。『生きる』香りを供えに行きます」
今まで、天野上原から戻ってきてから、行かなくてはと思いつつ、決心がつかなかった。
「ずっと、『涙香』で立ち止まっていました。わたしはこれからも香水を作り続けたいと、贖罪も幸せも全部含めて作り続けたいと、伝えに行きます」
子槻がわずかに表情を曇らせたのが分かって、春子は慌てて手を振る。
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