第三章 *初夏*

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 彼女は己のダンスに集中している。確かな体幹から生み出される、芯の通った美意識。正直でダイナミックな表現の幅。  信号機が青に変わる。止まっていた人の流れが再び動く。  凪も歩き出す。どこかへ向かう人混みの中を、同じように流れていく。けれどいつかたどり着く。自分の求める何かをわかる時がやってくる。凪に迷いはない。  上を向けば、液晶画面に彼女の姿はとうに見えない。映像は別のタレントにカメラを移していた。  歩を進める。隣を歩くクライアントと宣材写真の方向性を詰める。繁華街の人いきれと、立て看板のそばに設置されたランチメニューを横目に流しながら、美味しそうな店を脳内で物色する。綺麗な歩行者通路と、その隅に転がる空き缶一つ、陰になって見えない路地裏の薄暗さも、凪にとっては居場所なのだと、ふいに証明したくなる。シャッターを押したくなる。  夏がいよいよ近づいてくる。シャツの内側に張りつく汗、むっとした湿気が、凪の何かを追い立てる。ドクドク波打つ心地よい躍動感が、体内のリズムを正確に打ち出す。ぎらつく暑さが、凪を何者かにさせようと、まるで挑発するかのように世界の温度を上昇させていく。    了
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