第二章 *早春*

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 静まり返った暗い歩行者通路を、当てもなくふらふら歩いた日。生まれて初めて、自由だと思った。親から、家から、解放された。社会が眠りについている。けれど時々、自分と同じように、電気の点いている部屋がある。起きているのは赤の他人だ。縁もゆかりもないどこかの誰かの存在が、凪にとっての共同体だった。 「病院は?」 「行かない。治らない」 「何で決めつけるの?」 「生まれつきだから。俺は赤ん坊の頃から寝れない子だった。それで母親は産後うつになった。後はどうやって育ったのか記憶にない。金がかかるから病院には何度も行かせられないって、父親は言った。俺は受け入れた。だからこれからも受診することはない」  まゆはひどく悲しそうな顔をした。 「お前が落ち込むことないのに」  余計愛しくなってしまう。  二言目は言わないでおいた。  まゆが再び顔を上げた。  熱っぽい瞳で、凪を見つめる。火だと思った。自分が付き合う女は誰もが何かに燃えていた。 「好き」  告げられた。胸の中に、こらえ切れない感情が潮騒のごとく響き渡る。 「凪が好き。好きだよ」  唇を噛みしめた。  手を伸ばしてもいいのだろうか。
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