第三章 *初夏*

1/11
前へ
/41ページ
次へ

第三章 *初夏*

「凪」  早番のシフトが終わり、夕刻時の帰宅路を歩いている途中、カバンの中のスマホが振動した。  電話の振動だった。名前を見てすぐに応答した凪の耳に、恋人の声は震えて聞こえた。 「何か、あったのか」  凪とまゆは同棲をできるほどの金銭的な余裕がない。まゆは大学三年になり、就職活動に勤しんでいるし、凪は変わらずフリーターのままだ。二人はその分、なるべく頻繁に互いの近況を報告し合っていた。時間を見つけてたくさんのデートを重ね、プレゼントを贈り合い、思い出を共有し続けた。 「…………まゆ?」  通話口から無言が続く。よくないことでも起きたのかと、凪は不安を覚えた。 「どうした」 「凪、あのね」  一呼吸おいて、まゆが話し始めた。  内容を知った瞬間、外でなかったら飛び上がりたいほど凪は興奮した。世界が拓けるほどの吉報だったのだ。 「オファーが来た」 「……仕事か!?」  ドク、と心臓が熱く燃えたぎるような感覚を味わった。チャンスが回ってきたのだ。忙しない毎日を送っていたところに、突然やってきた巡り合わせ。驚きと武者震いで、早く先が聞きたくなった。 「どんな?」
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加