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まゆが顔を向けた。しどけなく凪にもたれかかる。片腕で抱きとめ、頭を撫でてやる。アッシュブラウンの髪は綺麗に手入れされていて、指になじんだ。
「凪。私のこと、好き?」
「好きだよ。当たり前だろ」
安心したように、まゆは息を一つ吐いた。
夕方にも関わらず、気温は下がる気配を見せなかった。むっとした風の匂いが鼻腔をかすめる。
「条件を出されて」
「……うん」
目指すのは芸能界だ。内容は話されなくともすぐに予想がついた。
「私、あなたの存在を隠しておかなくちゃいけない。それか、関係を終わらせてほしいって」
じわじわと湿気が凪の額に汗を光らせる。どこかで季節を先取りしたセミが、ミーンと、かすかな鳴き声を漏らした。
「芸能の道に進むのなら、男の影をちらつかせてはいけないと。早い話、恋愛禁止なの。若いうちは」
まゆは膝の上に置いた手をぐっと握りしめ、唇を震わせた。
彼女が涙をこらえているのがわかった。
「輝きたい。スポットライトを浴びたい。……でも、こんなのは」
「まゆ」
「ん?」
「ちょっと、散歩しようか」
「……ん」
こくりとうなずき、まゆは凪の方に手をのばす。
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