第三章 *初夏*

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 まゆが顔を向けた。しどけなく凪にもたれかかる。片腕で抱きとめ、頭を撫でてやる。アッシュブラウンの髪は綺麗に手入れされていて、指になじんだ。 「凪。私のこと、好き?」 「好きだよ。当たり前だろ」  安心したように、まゆは息を一つ吐いた。  夕方にも関わらず、気温は下がる気配を見せなかった。むっとした風の匂いが鼻腔をかすめる。 「条件を出されて」 「……うん」  目指すのは芸能界だ。内容は話されなくともすぐに予想がついた。 「私、あなたの存在を隠しておかなくちゃいけない。それか、関係を終わらせてほしいって」  じわじわと湿気が凪の額に汗を光らせる。どこかで季節を先取りしたセミが、ミーンと、かすかな鳴き声を漏らした。 「芸能の道に進むのなら、男の影をちらつかせてはいけないと。早い話、恋愛禁止なの。若いうちは」  まゆは膝の上に置いた手をぐっと握りしめ、唇を震わせた。  彼女が涙をこらえているのがわかった。 「輝きたい。スポットライトを浴びたい。……でも、こんなのは」 「まゆ」 「ん?」 「ちょっと、散歩しようか」 「……ん」  こくりとうなずき、まゆは凪の方に手をのばす。
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