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街なかの風景をフレームに収めたいという衝動が、突然、走った。
スマホではなく、カメラで。端末を通すのではなく、フィルムとして。
「私たちの、これからは……」
恋人が切なげに目を伏せる。
凪は手の力をぐっと強めた。
「お前は」
頬に当たる風が、ぬるいような冷たいような、行き場なく吹かれていく昔の自分に重なった。
「チャンスを掴んで、ものにして、仕事に人生を捧げないと」
まゆは薄く微笑んだ。こう返されるのはわかっていたというように、無言でこちらを見つめる。
しばらく静寂が流れ、二人は橋の下に見える走行中の乗用車やバイクを眺めた。
「もう一つだけ、凪に聞きたい」
まゆの柔らかなまなざしが凪を包む。
「何で私だったの?」
雑多な音が鼓膜を刺激する。エンジン音、ひゅうっと吹く風音、その他いろいろな、自然と人の生活音。気にもとめなかった日常が、クリアに凪の視界に入る。
世界と無関係に生きることなど、できない。
「私を見つけたのは、偶然?」
まゆの質問に、凪は答えた。
誰にも話さなかった、凪自身の昔を。
「一度だけ、親に連れて行ってもらえた場所がある」
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