3人が本棚に入れています
本棚に追加
凪は地平をじっと見つめた。
かすかに涼しくなった風が頬に当たり、髪を撫でていく。
「イベント名はもう覚えてない。ダンス会場だった。ソロダンサーや、グループで出場している人たちでいっぱいで、熱気があふれていた。プロかアマチュアの試合かもわからなかったけど、座席がすごい近くて、パフォーマーの飛び散る汗がスポットライトに当たって、キラキラ飛んでて、すげえ綺麗で、俺は」
唐突に、目の前の景色がぼやけていく。
「知ったんだ」
懐かしい思い出があふれ、あたたかな痛みとなって自分の心を浄化する。
「俺の目の前に」
記憶の底に沈んでいた、美しい過去の情景。
「楽園が、あるんだと」
こぼれ落ちる涙をぬぐう真似は、今はしたくなかった。
「今、俺がいるのは、楽園なんだ。そう確信した。子ども時代の、いたいけな想像力だなんて思わない。俺は理想郷を見つけた。誰にも理解されなくていい」
にじむ街並み。幸せも不幸も、怒りも憤りも悲しみも、同じようににじむ。
「親は変わらず冷たくて、家に帰ったらいつもの地獄が始まって、それでも、あの瞬間だけ、世界でいちばん幸せだった」
最初のコメントを投稿しよう!