第三章 *初夏*

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 二人は顔を離し、しばらく恥ずかしそうに笑い合った。  まゆが凛とした表情を見せる。 「私は、ステージに立つ」  迷いも何もない、覚悟だけを背負ったパフォーマーの瞳。 「芸術には永遠が住んでる」 「――うん」  俺も、それが答えだと思うよ。  心の中でまゆに返事をして、凪は、彼女を自宅まで送り届けた。 「アドレスは消さないで」  別れ際、まゆは自分の髪をさわりながら、それとなく凪に告げた。 「どうしようかなあ」  凪はからかい気味に返事をする。和ますつもりで言っていることも互いにわかり切っている。  じゃあね、また。  伝え合い、二人は別れた。  また明日会えるかのような、他愛のない挨拶だった。  蝶野まゆと言葉を交わしたのは、その日が最後だった。    *  スタジオから出ると、むせるような暑い風が五感を刺激した。梅雨前線も次第に弱まり、晴れる日が多くなったからだろう。季節の色合いは雨季から夏へと移行し始めている。今日は室内にこもりきりの作業だったため、外の空気を吸うといくらかさわやかな気分を味わえた。 「五月女さん、この後どうします?」
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