第三章 *初夏*

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「まだ残ります。今日中に仕上げられそうだから」 「働き者ですね」  かけられた言葉を反芻する。働き者ですね。何をもって「働く」と言うのか、凪には何一つわからない。けれど自分は働いている。社会の一部に痕跡を残している。  歩くだけで汗ばむ気温だ。さわやかさを通り越してうだるような空気を感じつつも、地に着く足は迷わず、前に進む。  数年前にできたといわれる街頭パネルでは、夕方の天気予報が流れている。この後夕立が起こる確率が高いため、傘を忘れずに――。雨雲が発生しやすく――。雑音とともに入ってくる声はやがて終わり、バラエティー番組が流れ始める。  最近盛り上がりを見せているオーディション番組が放送される。最終選考に残った上位数組が、デビューをかけて思い思いのパフォーマンスをやり遂げる。  一人、美しい女に目を奪われる。  少しきつめの目もとをアイライナーで色っぽく引き、真っ赤な口紅をつけた、すらりとした背の女。  引き締まった肉体と、みなぎるパワーが、一つ一つの振りつけから画面を通して視聴者の目に入りこむ。アップテンポの曲調に合わせて動き出す彼女に、次第にスタジオ内の空気が静まり返る。
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