4.美愛の発表会

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「ただいま」  扉を開くと美愛が待ち構えていたかのように「お姉ちゃん、おかえり」と言いながら一目散に走ってきた。玄関先で立ち止まり何か言いたげな様子でもじもじしながら上目遣いで私を見ている。不意に美愛が別の生き物に見えた。今目の前にいるのは小さくて可愛い大切な妹じゃない。 (この子……。自分が可愛いと自覚してこんな仕草してるんだ、こうすれば大人はみんな自分の言うことを聞いてくれるとわかってるから)  この子は今までも私を利用していただけなんだ。心の中では不細工な姉と馬鹿にしていた……そんな思いが溢れてくる。あれほど可愛いと、大切だと思っていた妹が今や厭わしく疎ましい存在になり果てていた。人の愛情というのはこんな風に一瞬にして失われるんだと衝撃を受ける。私は靴も脱がず暗い目で妹を見下ろしていた。 「あら、おかえりなさい」  奥からパタパタとスリッパの音がして母が出て来る。 「さ、美愛ちゃん、お姉ちゃんに言うことがあるんでしょ?」  母は虚ろな笑いを顔に貼り付け、美愛の肩に両手を置き私に向かって押し出した。美愛は渋々といった体で口を開く。 「お姉ちゃんごめんなさい。美愛の発表会来てください」  あまりに棒読みの台詞に思わず笑い出しそうになる。どうせ母から言われたとおりに言っているだけなのだろう。全く心がこもっていない。 「まぁ美愛ちゃん、ちゃんと言えて偉かったわね。ほら、美恵もこれでいい加減機嫌を直しなさい。お姉ちゃんなんだから」  お姉ちゃんだから何を言われても許さないといけないのだろうか。もうどうでもよくなった私はとびっきりの笑顔で「美愛」と妹の名を呼んだ。母と美愛に安堵の表情が広がる。これで仲直り、そう思ったのだろう。 「絶対に嫌よ。私なんかが行ったりしたら可愛い美愛ちゃんに不細工がうつっちゃうかもしれないもの」  そう言い捨てて靴を脱ぎ自室へと向かう。後ろから美愛の泣き声が聞こえてきた。 (ああ、うるさいったらありゃしない)
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