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忘れもしない。あれは当時の恋人と交わした会話。彼は突然、私の姉を話題に出した。
「そういえばお前の姉ちゃんって、すんげぇいい声してるよな」
彼は何度か家に遊びに来たことがあり姉とも面識がある。私は内心舌打ちした。いくら相手が身内とはいえ恋人が他の女を褒めるなんて気持ちのいいものじゃない。いや、身内だからこそ面白くない。
「そぉ? 私だって可愛い声だって言われるけど」
すると彼は突然クスクス笑い出した。
「何よ、何がおかしいのよ」
「いやさ、お前の姉ちゃんもお前もビセイはビセイだけど字が違う」
「意味わかんない」
頬を膨らませる私の頭をポンポンと優しく叩いて彼は言う。
「お前の姉ちゃんは美しい声ってことで美声だろ? お前のはどっちかっていうと媚びてる感じの声だから媚びるって字で媚声。いやぁうまいこと言うな、俺」
ケタケタと笑う彼を私はこれでもかと睨み付けた。言われるまでもない、そんなこと自分自身が一番よくわかってる。私のはあくまでも作り声、それに比べて姉の声は本当に綺麗だ。私の方が見た目は可愛いと思う。でも声では到底敵わない。どれだけ無理して可愛い声を出そうとしてもそれは所詮紛い物。見た目は化粧や整形で変えることができても声だけは変えられない。そう、そんなのわかってる。
「ふん、くだらない」
それからしばらくしてその男とは別れた。
――お姉ちゃんなんか、大嫌い。
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