2.奇妙な体験

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2.奇妙な体験

 初めは白くてふわふわしたものが部屋を漂っている、そんな感じだった。それはまるで当たり前のように存在していたから周りの人たちにも見えているものだとばかり思ってた。だから敢えてそれが何なのかを両親に尋ねることもなかったし、学校の友人に聞くこともしなかったのだ。不思議なことに家の外で見かけることはない。でもそんなものなのだろうと受け入れていた。当時心霊現象を扱ったテレビ番組がよく放送されており、それを見ていれば恐怖を覚えていたのかもしれない。だが生憎我が家ではテレビを見るという習慣がほとんどなかった。 「テレビなんか見るより本を読んだり音楽を聴いた方がよほどいいわ」  それが母の口癖だ。大好きな母からそう言われるとテレビを見るなんてことがひどくくだらないことに思えてくる。 「うん、美恵もその方が好き」  本音を言えば学校で流行っているアニメを見たいと思うこともあったがとてもそんなこと言い出せなかった。母さんを失望させちゃいけない、いつしかそんな強迫観念にも似た想いが私に芽生えていたから。理由はわからない。でも母さんに嫌われちゃダメだと幼心に感じていた。  頼りになる父に優しくて美人な母。私は両親のことが大好きだった。母はとても家庭的な女性で専業主婦として家のことを全て取り仕切り、我が家はいつも清潔でいい香りがした。両親はオペラ鑑賞が趣味でその趣味を通じて知り合ったのだという。二人は年に数回オペラ鑑賞に出掛ける。残念ながら子供の私は連れて行ってはもらえず、シッターさんに抱かれ着飾った父と母を羨望の眼差しで見送るのだった。家でもよくアリアが流れており、そんな環境だったせいか私は幼い頃からピアノが習いたい、歌の教室に通いたいとよくせがんだ。ところが他の習い事はいくらでもさせてくれる母がそれだけは頑として認めない。 「美恵ちゃん、もしお教室に通うようになったらお家でも練習しないといけないでしょ? でもうちはマンションだから静かにしないといけないの。お隣の高橋さんの家にはお年寄りがいるし二軒向こうには生まれたばかりの赤ちゃんもいるでしょ? だから我慢しようね」  確かに当時私たちはマンションに住んでおり騒音にはかなり気を使って過ごしていた。私は母の言葉に頷き渋々諦めざるを得なかった。それでもやはり音楽を聴くのは大好きで、休日にはオペラの名曲が流れる部屋で母と共に過ごした。日当たりの良いリビングで音楽を聴きながらゆっくりと本を読む時間は私にとって至福の時。やがて夕方になると釣りから帰った父がその日の釣果をクーラーボックスから取り出して自慢話と共に母に渡す。母はにこにこしながらその魚たちを手際よく捌いていくのだ。穏やかで幸福な家族の団欒がそこにはあった。
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