2.奇妙な体験

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 小学二年生になっても相変わらずの毎日が続いていた。授業参観の前日で何となく皆がそわそわしている中、隣の席に座る浜田(はまだ)咲良(さくら)が話しかけてくる。小柄で目のパッチリしたなかなか可愛らしい少女なのだが、いつも不満を抱えたように口を尖らせては誰かの悪口を言っている、そんな女の子。ちょっと苦手な相手だった。 「明日は授業参観だね。でもうちは仕事で来られないんだってさ。つまんないの」  咲良は頬を膨らませて上目遣いで私を見る。 「美恵ちゃん家はお母さん来てくれるの?」  うん、と私は頷いた。 「ふぅん。美恵ちゃん家のお母さんって美人だよねぇ。モデルさんみたい! うちのお母さんなんかぶくぶく太っちゃってさぁ。やんなっちゃうよぉ。美恵ちゃんはいいなぁ」  母を褒められるのは素直に嬉しい。だが、予想した通りこの後余計な一言がついてきた。 「でもさ、美恵ちゃんってお母さんと全然似てないよねぇ。あ、ごめんごめん、別に美恵ちゃんが美人じゃないって意味じゃないのよぉ」  咲良はいつもそんな言い方をしてはニタニタ嗤う。私は気にしていないフリをして頷いた。 「うん、あんまり似てないかも。でもきっと大人になったら似るんじゃないかな」 「えー、そうかなぁ。目も口もぜぇんぜん違うよぉ?」  思わずむっとして言い返そうとした時、クラスの女子数人が会話に参加してきた。 「うん、似てないよねぇ。それにさ、美恵ちゃんってお父さんにもあんまり似てないよね」  女子たちが口々に「だよねぇ」「似てないよ」と騒ぎ立てる。一年生の時に両親揃っての参観日があったので皆私の父と母の顔を覚えているらしい。ぎゅっと唇を噛みしめる私を見て咲良がわざとらしく大きな声を出した。 「ちょっと、みんなやめなさいよ。美恵ちゃん可哀想じゃない。それじゃあまるで美恵ちゃんがお父さんとお母さんの本当の子供じゃないみたいだよぉ」 「あ、ごめぇん。別にそういうわけじゃないよ? やだなぁ。そんな暗い顔しちゃって」 ――本当の子供じゃない。  その考えはいじめっ子の山下から言われて以来ずっと私を苦しめてきた。いたたまれなくなり思わず教室から走り去る。後ろから女子たちの笑い声が聞こえてきたが振り返らずトイレに駆け込み顔を洗った。鏡に映る自分の姿をぼんやり眺めてため息をつく。 (確かに似てない。父さんにも母さんにも)  その日帰宅した私は思い切って母に尋ねてみた。 「ねぇ、お母さん、私ってどんなところがお父さんやお母さんに似てると思う?」  母は眉を顰める。 「どうしたの? 美恵ちゃんまた学校で何か言われた?」  私は慌てて首を横に振った。 「ううん、そうじゃないの。今日鏡を見ててどこが似てるかなって思っただけ」  すると母は少し考えるような仕草をした後、とびきりの笑顔でこう言った。 「そうね、耳の形なんか美恵ちゃんとお父さんそっくりよ。色白なところは母さんに似てるわね」 「そっかぁ。うん、そうだね」  私は曖昧に頷いてその話題を切り上げた。 (耳の形なんかみんな似たようなもんじゃない。それにそんなとこ似ていても全然嬉しくないよ)  色白なのは嫌じゃないけど私が聞きたかったのはそういうことじゃない。 (目とか口とか鼻とか、そういうとこが似てたらよかったのに)  本当はそう言いたかった。でもそんなことを言えば母は悲しむだろう、そう思って言えなかった。両親から愛されていないと感じたことはない。むしろとても可愛がってもらっていたと思う。でもこの〝両親と似ていない〟という事実は常に心の片隅にあり私を苦しめ続けた。
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