act.1 北回帰線

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 セントラルパークのドッグランをヤマトと一緒に走る。このエリアではリードは離しているが、一応ヤマトは俺が呼ぶと戻って来てくれるから大丈夫だ。とても嬉しそうに駆け回っている。 「ほら、もっと遊んでこい」  ヤマトの水入れを準備して自分はドッグランのベンチに腰掛ける。持ってきていたミネラルウォーターを自分も飲んだ。  時計を見るともう夕方だ。日本もそうだったが、真夏のNYはこんな時間でも全然涼しくならない。  日本よりは湿気がいくらか少ないが、夏の暑さは本当にいい勝負だ。  そういえば、そろそろ8月16日が来る。俺と夏那の誕生日だ。俺は25、夏那はもう27才か。  大学院に残った夏那は、国際的なピアノコンクールに何度も優勝や入賞を果たしていた。  有名企業のスポンサーも付いて、大学院在学中にも単独のコンサートが組まれて大成功を収めている。  来年の大学院修了後には、もっと本格的なコンサートツアーが組まれるそうだ。  すごいよな、夏那は。順調に一流ピアニストへの目標へと駆け上っている、今や押しも押されぬ有名ピアニストだ。  それと比べる訳では無いけれど俺の方はまだまだだ。夏那が大学院修了までには何とか嫁にしてあげるつもりだったけど、今の所それを言い出せる状況では無い。  全盛期の自分の親父を目標に頑張ってはいるが 、あの強さにはなかなか追いつける気がしないからだ。  本当に俺は大丈夫だろうか?  なんかそういうのにすら疑問も持たずに、勢いだけでここまで来てしまった気がする。   『25才時の櫂?結構強かったと思うわよ。弁護士の資格を取るために大阪にいたけど自己鍛錬はしっかりやっていたし、組手が出来なかった分のイメージ練習は凄まじかったらしいわ。まぁイメージ組手の相手は常に師匠である私だったから、あの子も妥協できなかっただろうし。イメージトレーニングっていうのは本当に大事よ』  前に俺が帰省した時の莉緒菜師匠の言葉だ。で、親父がたまに帰省しての師匠との組手があれだった訳で。  あの頃から親父の技は衰えるという気配は全く無い。  勝てないと思うのは一種の「刷り込み」だと自分でも気付いてはいる。  今やれば結構いい線まで行くはずだとエルンスト副館長は言う。    でも、それじゃダメだ。いい線じゃダメなんだ。  夏那を堂々と嫁にするには、絶対に親父から完璧な一本を取らないとダメだ。    そして俺は今日も、ヤマトが楽しそうに遊ぶそのすぐ側で、とんでもなく真剣な眼差しのまま親父とのイメージトレーニングを始めた。
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