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「イズモ師範代、幼年部の大会参加者ですが」
午後の幼年部の指導稽古を終えたアレクが5階にある事務所にやってきた。
「今日で一応締め切りました。幼年部の参加は13名です、リストを上げてあります」
「ありがとう、どのフォルダだ?」
「道場の共有の方です」
自分のデスクのPCからそのリストを確認した。相変わらずアレクは仕事が早い。
「リエーフ担当の分がまだだな」
小学校低学年の部がまだだ、あいつは大雑把だからいつも仕事が遅い。
「今日中に上げるように言っておきます」
「頼む」
9月の記念大会にはそんなに間が無い。事前の準備があるから早いに越したことはない。
「師範代、それでは自分は明日から暫くお休みを頂きます。幼年部の稽古はリエーフとナガセに頼んでおきましたが師範代もお気にかけて頂けるとありがたいです」
「ああ、もちろん。日本に行くんだな」
そうか、もうそんな時期か。大学の卒業式はもうとっくに終わっているもんな。
アレクが大学を終えた後に、又日本に行きたいという話は前から聞いていた。その為にうちの道場でコーチのバイトに精を出していた事も知っている。
美術絵画の展覧会で受賞歴も多いアレクは、馴染みの画商に預けてある絵も割と売れているという。日本への旅費も順調に貯まったか。
「はい、今回は師範代のご実家に真っ直ぐ伺います。滞在に近くの宿をと思いましたが、タクミにそんな無駄金使うなと怒られました」
「当たり前だ、親戚の家なのに何を遠慮してるんだ。お前は拓海の兄貴で俺の弟同然だって」
本当にアレクってば妙な所が日本人っぽい。ついでに俺の親父にとってもアレックスは弟弟子だというのに。
「はい、ありがとうございます」
ちょっと照れ臭そうなアレクだった。
「拓海の息子に会いに行くんだろ?ナバホのじい様達に何か頼まれたのか?」
「うちの親父からはタカの護符を預かりました。そしてじい様からは部族の御名を」
「すごく大事な役目じゃないか」
ナバホの血を引く鷹の最初の大切な儀式だ。これは大事だぞ。
「分かった、気をつけて行けよ。向こうで莉緒菜師匠に会ったらよろしく伝えてくれ、何かあったらすぐに連絡だぞ」
「はい、師範代も幼年部の者とリエーフ達をよろしくお願いします。どうもリエーフは今ひとつ落ち着きが無くて」
「知ってる」
二人で笑い合ってそこで別れた。いずこも心配は一緒の様だ。
それにしても日本か。
帰りたいとは言わんが、母ちゃんのメシは食いたいな。家族にも会いたいし。
拓海の子供にも会ってみたい、俺の弟と妹の可愛い息子に。
いや…どうカッコつけても、やっぱり何よりも夏那に会いたい。
でもダメだ、こんな弱気では。もっとしっかりしよう。
そうでなきゃ、こんなに待たせている夏那にも申し訳ない。
◇◇◇◇◇◇
俺は今、じいちゃんの実家を出て道場近くのマンションで一人暮らしをしている。
大学を卒業したタイミングでそうしようと決めていたので、部屋を探した所ちょうど良い出物があった。なんの事はない、エルンスト副館長と同じマンションの10階だ。うちの道場にめっちゃ近い。
ただしこっちの部屋は単身者用でエルンスト副館長宅よりもかなり手狭だ、日本人感覚の2DKって感じ。俺の収入ではこれで精一杯。
けどこだわりは日本人らしく俺の部屋は土足厳禁だ。玄関で靴を脱ぐスタイルは何より自分が癒される、とても楽だ。
社会人クラスの稽古を見てからマンションに帰るともうすっかり夜も更けている。今日も帰宅すると22時過ぎだ、だがこのご近所感覚の自宅はとても嬉しい。
夕食はもう道場で食べているから大丈夫。鍵を開けてダイニングのテーブルに途中で買ってきた朝食用のベーグルを置く、あとは野菜ジュースが有れば良い。
完全栄養食とかの味気ない携行食で済ますのは殆ど無い。俺はちゃんとした食事で育っているからそういうのは好きじゃない。しっかり三食は食う。
ちゃんと食って運動して筋肉をつけて。そしてしっかりと睡眠だ。アスリートとしての基礎中の基礎は全て親父に叩き込まれた。
成長期を過ぎてても、アスリートにはまだ別の成長がある。
さぁ、今日も風呂に入って身体をしっかり解して休もう。明日もまた仕事と天武流の武人としての修行がある。
毎朝のランニングがスタートのルーティンだ。そこから一日が始まる。
毎日の地道な積み重ねこそが大事なのだと、俺は親父の背中に教えてもらったのだから。
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