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第一章
1
城内の人間達は彼の姿を見るや否や立ち止まり、深々と頭を下げた。
そんな彼らを気にも留めず、スタスタと赤い絨毯が敷かれた廊下を突き進んでいく彼の名はイリス・ウィトネース。この国、ウィトネース王国第二王子様だ。
イリスの目指す先は自室。誰がどう見ても、イリスは急ぎ足であった。
すれ違った者誰もがその理由を聞きたかっただろうが、イリスの纏う空気がそれを許してはいなかった。今のイリスの足を止めさせる勇気のある人間は、国王か王妃、第一王子くらいなものだろう。
イリスは部屋の扉を勢いよく開けて中に入り、パタンと完全に閉まる音を耳に入れると、そのまま凭れてハァ……と息を吐いた。
「シュガリス」
背を壁から離し、第一声は誰かの名のようなもの。この室内の中にはイリス以外の誰もいない。
優雅な装飾や細工が施されたこの静かな部屋にイリスの呟くような声が響いた。数秒間、室内には何の変わりもなかった。
しかしどうだろう。
やがて、部屋の奥にある赤いソファーの上に寛ぐかのように座る若い少年が姿を現した。
「なんだ、新作のスイーツでも持ってきたのかと思えば何も持っていないじゃないか。緊急の用事でもあったのか?」
ゴールドブロンドの髪によく似合ったスカイブルーの瞳が細められる。一国の王子に対して大きな態度を出来る者はこの国には少ない。彼はその数少ない者の一人であった。
国王よりもさらに上、この世界で最も尊い存在。
そう――神様である。
「緊急な用事でなかろうと、僕がキミを呼ぶのはいつものことだろう。何を今更。それより聞いてくれシュガリス、面白い話があるんだ」
その神様に対して呼び捨て、砕けた口調のイリスを他者が見れば、青ざめること間違いない。家族の人間だったら、すぐさまイリスに代わって謝罪をしただろう。
しかし神シュガリスはイリスの物言いに特に気にした様子を見せない。それどころかイリスの言葉に「ほう……」と興味を示していた。
シュガリスはソファに軽く倒していた体を起こすと、足を組んで改めてイリスに向き直る。
「ちょうど暇をしていたところだ、聞かせろ」
と、その前に……。シュガリスは続けた。
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