第一章

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 王族が簡単に頭を下げるなどあってはならない。しかし、相手が神様というならば話は別だ。シュガリス自身、イリスの対応になんの疑問すら持っていない。当然だとでも言うような顔つきだった。  シュガリスのそのような態度に腹を立てることも、ほんの小さな怒りすら抱くこともなく、イリスは更なる王子らしかぬ行動に移る。  無論それは普段からイリスが自主的に趣味で行っていることであるので、嫌な気などあるはずもない。  調理台の前に立ち、ボウルや泡だて器、必要な道具を広げていく。下準備にココアや砂糖を振るっておかなかればならないが、面倒なのでイリスはしない。オーブンも魔力で一瞬にして温かく出来るため、予め点火させておく必要もない。  このイリス、かなりの面倒くさがりやで、大雑把である。  バターをクリームくらいに柔らかくなるまで練る作業も非常に乱暴だ。練るというよりも叩くといった表現が適切。すっかり冷えて固まったバターはこうでもしないと柔らかくならない。より早く完成させたい一心なのだ。  ある程度柔らかくなれば適当に袋から砂糖を流し加える。 「こんなものでいいか」  誰か、この王子にお菓子作りは分量が命ということを教えてやってくれ。  注意したところで大人しく聞き入れる王子ではないのだが……。それに、近くにいる神様が黙っていない。シュガリスはイリスのこのような部分を何よりも気に入っている。 「んー……小麦粉もこのくらいでいいだろう」  このいい加減な部分を。  趣味だからこそ許されるいい加減さだ。  メレンゲを加えて混ぜ合わせると、イリスの手が止まった。左手をボウルの上にかざして目を瞑る。  イリスは魔力を込めていた。自分の作るお菓子に己の魔力を隠し味として込め合わせるのだ。  魔力を込めると味を変えるだけでなくヒーリング効果ももたらすため、お菓子に魔力を込めるパティシエはこの国に少なくはない。  魔力を込めるイリスをシュガリスはニッと笑って眺めている。  それもそうだ。シュガリスはイリスの作ったお菓子が大好きで、中でも魔力の込められたものは大好物なのだから。  魔力を込めてくれている姿はシュガリスを一層楽しみにさせた。  ところでこのお菓子に込める魔力、当然込める量によって味も食感も変化する。プロのパティシエは自分の味を守るために完璧なまでに同じ魔力量を込めるが……イリスは適当だ。
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