第一章

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 つまりどうなるか。  毎回味の違うスイーツが出来上がる。  同じザッハトルテでも、味や柔らかさが大いに異なる。  それでいいのか。  それでいい。  それこそ神シュガリスの求めているもの。 「後は五十分ほどオーブンで焼くのだけども……」  型に流し込んだものをオーブンに入れて、数字も五十に合わせると自然と電源が入る。中がオレンジ色に光り、これが消えると焼き上がりの合図だ。  でも五十分も待てるほどイリスもシュガリスも気長ではない。シュガリスはともかくイリスは趣味がお菓子作りであるのだ。そのような短期さ、他者が聞いて呆れる。  待てないイリスはオーブンに手の平を向けた。これも魔力で省略だ。手の平から赤い炎のような光が現れ、それはオーブンの方に吸収される……いや、吸収させているかのごとく消え去る。すると、チョコレートのいい香りが広がってきた。  通常ならば一時間以上かかるザッハトルテ作りを数十分で完成させてしまうことが出来る魔力は非常に便利なものだ。 「人間に魔力というものを与えてくださったこと、感謝しますよシュガリス様」 「どういたしまして。とでも言っておこうか」  いつの間にかイリスの背後にいたシュガリス。  綺麗に出来上がったザッハトルテにイリスもシュガリスも満足気な表情だ。  イリスは簡単に調理器具の後片付け済ませ、完成したザッハトルテと紅茶をシュガリスの所へ持っていく。シュガリスはソファーの真ん中に偉そうに座っているのではなく、少し左の方に座って隣を空けていた。  これは横に座れという合図のようなものだ。イリスはテーブルの上にザッハトルテを置いて、シュガリスの右隣に腰を下ろした。  音を立てないよう静かにナイフを下ろして八等分に切り分ける。  その一皿をシュガリスは無言で受け取った。  ティーポットからカップに紅茶を注ぐ音が聞こえる横では、シュガリスが一口サイズにフォークで切ったザッハトルテを早速口に運んでいた。思わずイリスもカップから視線を外し、シュガリスの顔色を窺ってしまう。  そんなイリスに気付いているのかいないのか、おそらく気付いているであろうシュガリスは何も発しない。シュガリスもイリスと同じ、面倒くさがりで気まぐれ屋さんなのだ。別に言わなくてもわかるだろうと勝手に思っている。  そしてその考えは正しくて。
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