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噓つきは姉弟の始まり
その日のリリーノートは、とにかくツイてなかった。
朝の目覚めは最高であったのにも関わらず、起床予定時刻から大幅に寝坊しており。朝食の紅茶は砂時計を間違えて、蒸らしすぎてただの渋苦汁に。父君と一緒に街を視察する予定は急な賓客の来訪でキャンセル。仕方なしに一人で街へと視察にいけば、――誘拐されて人身競売に掛けられる始末。
(本ッ当に、ツイてない日。もうさっさと逃げるに限るわね)
どれもこれもすべて、お人よしな血筋を原因とする貧乏貴族でありながらも、一等美しいと称えられた母君の美貌を受け継いだリリーノートのその容姿が原因であった。
(参加者に配られているっぽい黒仮面も手に入れたし)
靡かせるは灰銀の長髪、目元を隠す黒仮面から覗くは深い青の瞳。王国では珍しい異国人らしい組み合わせの色彩は、国内では人目を惹きつけてやまない、つまりは“金になりやすい”もの。
そんな理由から幼少から十七に至る今日まで、幾度となく発生した誘拐事件。経験に経験を重ね、実践で磨き抜かれた解錠魔法で、本日も事なきを得ることができた。が。
(あとはバレないうちに紛れて会場を出るだけ――)
だからだろうか。
(――ん?)
「離せっていってるだろ!!」
響く甲高い声に、黒い仮面の吸い寄せられるリリーノートの視線。さっと曲がり角に隠れて様子を窺うと、そこには覆面を付けた男と、一人の少年。
「テメエ、どこから入り込んだ? ガキが来るとこじゃねえんだぞ……」
「離せっ! はーなーせー!!」
闇市には似つかわしくない白銀の髪を引っ張り上げられ、こぼれんばかりに涙を溜めた海色の瞳。自身と自分自身と似た色合いを持ち、大人に良いように扱われるその姿に、つい目を離すことができずにいると。
「おい、そこの女!」
(うう、見つかってしまっては仕方ない)
「何見てやがる、見世物じゃ――」
「――ああ、こんなところにいたのですね」
覆面の男の威嚇をもろともせず、リリーノートはあたかもそこを通りかがったかのように歩み出ると。
「探しましたよ、私の弟」
にっこりとそう、見ず知らずの少年へと微笑みかけたのだった。
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