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僕の体が発火する経緯を詳しく説明しよう。僕は昨日の夜に、学校行事の1つの『蛍を見る会』に参加した。
夏休みに入る前に、学校の近くにある川岸に集まり蛍を見るという、田舎ならではの行事だった。僕は深夜に外を出歩いて大丈夫なのかと心配する過保護な両親を宥めすかして、その会場へ足を運んだ。
川岸にはぽつぽつと蛍の群れが散在していて、綺麗というよりも寂しさが微かに勝っていた。先生の目を盗んでスマホで写真を撮る生徒たちはそんな僕の感傷じみた思いを気にはしてなかった。
「やあ、君は今1人みたいだね」
「お前もな」
大きめの石に座って物思いに耽っていると、桑原美奈が僕の隣に座った。彼女は僕にとっては、赤の他人から1歩進んだ関係で、友達と言う類の関係だった。
「蛍、綺麗だね」
「僕はそうは思わないけどね」
「……実を言うと、私もだ」
周りでは歓声や騒ぎの声が聞こえる。その中で静かに佇む僕達は、ある意味異端だったのかも知れない。
「今日、告白するんでしょ?そんなに白けたような顔してたら、失敗するよ」
「……余計なお世話だよ」
この後に僕の人生の一大イベントが待っていると言うのに、美奈は大きな欠伸をして心底暇そうにしていた。
僕の好きな人、真鍋愛梨は、蛍を見て友達と笑いあっていた。愛梨は僕にとってのヒロインで、ヒーローだ。7歳の時に僕が上級生から虐められたいたのを、彼女は救い出してくれた。典型的な恋の仕方だけど、真実だ。
「……告白で大事なのは勇気だ。目の前にいる人が自分を幸せにしてくれるって確証を、偽りでもいいから印象づけるんだ。そうすれば顔が良くなくても、成功する」
「……なるほどな」
告白に必要なのは勇気。確かにそうなのだろう。僕は、勇気なんてこれっぽっちも持ってはいないが。その証拠に自分の口で言うことはせずに、ラブレターを渡して返事を待つという受動的な方法を取ろうとしている。この方法は勇気の範疇に入るのだろうか。
「なあ美奈……って」
ふと周りを見渡すと、蛍を見ていた生徒たちが、円になって1つの場所に集まっていた。司教を崇める信者のように、動かず。
僕は美奈と一緒にその円の1番外側に加わった。そこで行われていたのは、皆にとっての幸福で、僕にとっての不幸そのものだった。
「……愛梨さん!この蛍の芽吹く場所で宣言します。俺と、付き合ってください!」
「……はい!よろしくお願いします!」
歓声が爆発する。目の前にいる1組のカップルを讃えるように。勇気を出した男を、受け入れた女を、崇めるように。
確かに昔からそれとない噂はあった。美男美女のカップルで幼稚園からの幼馴染で、家も近い。告白も秒読みだろうと言われていた。だから僕は今日言わなければならないと、決めていたのに。
僕の中でドス黒い感情が噴火しようとしている。自己嫌悪とひたすらに暗い感情が自分の内側で渦巻いて━━━━━━━━━━━━
「え?」
「……穂高?」
僕の体が、燃えた。手から燃え出して、腹部を通り背中に伝わり両足も燃えて、少しずつ全身が明るくなっていく。
僕が渡そうと思っていたなけなしの勇気とラブレターは、灰になって消えてしまった。でも、熱くない。蛍の冷光のように、燃えている実感が無い。でもそれは僕だけの感覚らしく、周りの生徒たちは、熱の恐ろしさから、自然と距離をとっていた。
僕は怖くなって、それで、
「穂高!川に飛び込め!」
美奈の声が聞こえる。僕は理性の活動前に、本能で飛び込む。水しぶきが上がって、服が濡れて重くなって、僕の熱は鎮火した。
それが僕が燃えるようになった経緯だ。まるでおとぎ話みたいに、現実味が無かった。
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