発火したラブレター

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 僕の体に火傷跡は1つも無くて、先生も生徒も安堵していた。でも全身が燃えた事に変わりはない。僕は大事をとって、翌日の早朝に病院を受診した。本当は行かなくても良いのでは無いかと思うくらい快調だったが、過保護な両親はその日の夜に病院に行くべきだと焦っていた。  その病院で言われたのがさっきの病名だ。医者からどうしてその症状が出たのかを説明されたが、脳が理解を拒んでいた。専門用語の羅列で、聞く気も削がれていた。  かろうじて理解できたのは、この病は数千万人に1人の希少な病である事。感情の起伏によって発火する症状が現れる事。今の医療の力では、何も出来ない事。これからなるべく感情を抑えるようにと言われた事。 「病は気からです。ゆっくり病と向き合って行きましょう」  病院に来た人全員に言っているような定型文を言われて、その日の受診は終わった。  地獄はここから始まった。僕の病はいつの間にか噂へと変わっていて、その噂は真実だったから、僕は仕方なく病名を打ち明けた。  反応は様々で、気の毒そうな顔でこっちを見る人。ニヤニヤ笑っている人。涙を流した人もいた。その全員に共通しているのは、僕との友達関係が解消されたと言う事だ。僕を異端扱いし始め、会話すら出来なくなってしまった。彼らを悪い人だとは思わない。彼らにとっては僕は、重荷に過ぎただけだ。  僕は自然と1人になった。僕自身も人に迷惑をかけたく無かったから、医者に言われた通り、感情に南京錠をして封じ込めた。感情の少しの機微すら許さず、冷徹な機械のように、日々を過ごした。燃えたく、無かった。  今日は夏休み前最後の学校だ。僕は定期券を車掌に見せ、改札を通る。同じ学校の生徒がコソコソとこっちを伺っているが、無視した。  幸い今日は座席が空いていた。見飽きた景色が高速で流れていくのを、楽しまずに無感情に流していた。彼女が来るまでは。 「おはよう。穂高くん」 「……おはよう」  美奈だけは例外で、僕の病を知っても尚、変わらずに接してくれていた。 「今日で学校も一段落だ。清々しい朝だよ」 「そうだな」 「塩対応だね。もっと気楽に会話しよう」 「……いつ体が燃えるか分からないんだ。気が気じゃないんだよ」  美奈は心底つまらなさそうに溜息をつくと、僕と一緒に外の景色を見始めた。赤と灰色の鉄塔も、海沿いに見える造船場も何回も見れば、何も感じなくなる。 「……穂高くん。今日私は、楽しい提案をしに来たんだ」 「提案?」  美奈は外の景色から僕へと目線を合わせる。  どこか、緊張しているような、美奈らしくない印象だった。 「君のその病を、訓練しよう。もう一度君が、ラブレターを渡せるように」
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