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「やっぱり美術館はいいものだね。自分の中に無かった新たな見識を、確かに感じる事が出来るのだから」
行きと全く同じの座席で美奈は今日の感想をべらべらと話している。でも僕は彼女の言葉に素直に頷く事が出来ない。感情が揺さぶられたのに、燃えなかった。美奈の軽い冗談でも燃えたのに、それよりも遥かに重厚で素晴らしい美術に燃えない理由が、考えても分からなかった。
「どうして燃えなかったのか、知りたいかい?」
「……!」
美奈は口元に微笑みを象ったまま核心に切り込んだ。その目は深海魚の様にどこまでも不透明で、全てを見通すかの様だった。
「今日の美術品で感動したものを挙げてごらん」
「……燃えた櫓の周りで人が踊っている絵が良かった。廃墟の真ん中に小さな椅子がある絵も、とても良かった」
他にも良かった絵はいっぱいあったが、咄嗟に思いつく絵はその2つだった。
「確かにあの絵たちは良かったね。では結論を言おう。君は感動しなかった」
「……は?」
美奈は何でも無いような口調でそう言った。感動、しなかった?何を言っているのだろうか。確かに絵の繊細なタッチに心を奪われたし、色の配色もとても良くて━━━━━━━
「君の抱いた感情は、喜怒哀楽のどこに分類されるんだい?」
「え?」
僕が今日美術品に抱いた感情。それは、何だったんだろうか。説明が、出来ない。
「人間が抱く感情は、喜怒哀楽なんて4つに分類できるほど単純じゃ無いんだよ。君は確かに感動した。でもそれは喜怒哀楽の何処にも当てはまらない、複雑な感情なんだ」
「……だから、燃えなかったって言いたいのかよ」
「そうだ。そしてそれが神が与えたこの病への、1つの回答なんだよ」
美奈は要するに、僕が美術品に抱いた感情はとてつもなく微妙な感情であり、そこに抜け道があると言っているらしい。喜怒哀楽のどれにも当てはまらなければ、燃えない。
でもこれが本当なのなら、1つ不可解な点が残る。医者もインターネットの英智も、この情報は教えてくれなかった。なら美奈はどうやって、この抜け道を知り得たのだろうか。
「君は、鈍感すぎるね」
僕の思考を読み当てたかの様に、美奈は言葉を紡ぐ。次の言葉を聞いて僕が燃えなかったのは、ある意味奇跡かも知れない。
「……私も、燃える人なんだよ」
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