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第二話 心のリレー
『文化祭実行委員長 後野祭里』
黒板に書き付けられたその文字を見て、祭里は手提げ鞄を落とし、呆然と立ち尽くす。
(え、委員長……? 私が……? なんで……?)
1
──文実(文化祭実行委員)委員長、頑張ってね。
それが、今日の学校で祭里がクラスメートからかけられた唯一の言葉だった。
(通りすがりの女の子にああ言われた以外に、誰とも喋れてない……ああ、こんなんで文実委員長なんて務まるわけないよね……どうしよう)
祭里がまったく授業に集中できてないでいるうちに、四時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。あれよあれよという間に周りの景色が移ろってゆく。
黒板の前に立つ先生が入れ替わり、先ほどまで真剣に授業を受けていた生徒はくだけた口調で友人と喋っている。祭里を置いて、すでにほとんどの生徒が友人グループを形成していた。
土曜日の授業は四時間しかないので、これからは帰りのホームルームだ。その途中で、祭里は「あとでこっちにきてくれる?」と担任の安斎公子に呼びだれた。「さようなら」という号令のちに、彼女のもとへ向かう。
「先生、私……」
祭里は顔を曇らせながらそう言った。長身でスタイルの良い安斎教諭は、切れ長の目を細くして、やさしい声で返事をした。
「言いたいことは、だいたいわかるよ。所属委員会、勝手に決めちゃってごめんね。みんな『名前がまつりだしピッタリじゃーん』って言って聞かなくて」
「それはいいんですけど、どうして委員長に?」
安斎は眉をくいっと引き上げて、首をかしげた。
「あれ? 後野さんのお家に連絡したとき、お母様から『ぜひ!』っていうお返事をもらえたんだけど。もしかして嫌だった……?」
祭里は思わず口をあんぐりとさせる。
(何一つ聞いてないんだけどっ! ママ……ッ!)
安斎は首をかしげた状態のまま、口角を上げてやさしげな笑みを浮かべた。
「他にも文実委員は二人いるんだけど、委員長やりたくないみたいなんだよね。後野さんがもし嫌だったら、やめてもらってもいいけど……」
「……けど?」
祭里が安斎の話の末尾を反復すると、安斎が浮かべる笑みは、どこか不敵なものになった。リップによって色気が増した彼女の艶かしい唇の動きに、思わず祭里は見とれた。
「──この後にさ、去年の文実委員長が来て、引き継ぎをすることになってるんだ。やめるか決めるのは、その後にしてもらってもいい?」
「あっ……はい……分かりました」
特に断る理由もなかったのでそう答えたが、正直気は進まなかった。文実委員長という存在には、すごく社交的で明るいイメージがある。
(ちょっと、疲れそう……まぁいっか)
祭里は安斎に向かって軽く会釈して、教室を辞した。朝、教室に向かうときにも使ったあの木の香りがする階段を下り、一階の床に降り立つ。そして壁に『←西棟』と書かれたプレートがあるのを見つけて、矢印の方向に歩を進める。すると二つの校舎をつなぐ渡り廊下に出た。祭里はその中央にある、体育館ではない方向に繋がる扉を開いた。
開いた扉の先には、よくある駅前広場のような──円形の広場で、中央の大きな一本の樹をベンチが取り囲んでいて、さらにその周りに花壇がある──場所があった。その奥には、小さなプレハブが見えた。
プレハブの扉の隣には、大きい縦長の木製看板が貼り付けられていた。それに書かれていたのは、
『文化祭実行委員』
という筆で書き付けられた楷書体の文字だった。
「し、失礼します」
祭里はおっかなびっくり横開けの扉を開く。ガララ、という音が立った。
プレハブの中は案外広かった。中央には大きな丸テーブルがあって、その周囲には十個ほどのパイプ椅子と二つのホワイトボードがあった。奥には棚があり、その棚の上には、サインペンでさまざまなメッセージが書き込まれた横断幕が設置されていた。
中にはまだ誰もいないようだった。祭里はしばらくパイプ椅子に座って誰かが来るのを待つことにした。
(それにしても、先生はどうして、引き継ぎを受けてから委員長をやめるか決めろ、なんて言ってきたんだろう。引き継ぎがなされたあとに委員が変わったりしたら、面倒なはずなのに)
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