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「あなた」
リビングから僕を呼ぶ彼女の声は、未だにぎこちない。無理もないかもしれないが。
「なんだい?」
僕は意識的に優しい笑みを浮かべる。
「歩夢をお願い」
彼女の腕に抱かれたわが子を受けとり、ベビーベッドに寝かしつける。
戻ると、彼女はソファでくつろぎ、ミックスジュースを飲んでいた。記憶を失っても嗜好は変化しないようだ。
つきあっていた当時から、「疲労回復にはこれがいいの」と彼女はミックスジュースを愛飲していた。
僕は彼女の横に腰をおろす。
「記憶のほうはどうだい?」
僕の問いに、かぶりを振る彼女。
「そう」
彼女の栗色の髪をなで、僕は当時を思いだしていた。
崖から突き落とされ、冷たい海の中を必死に泳いだことを。
犯人は、となりにいる。
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