クズ男が逃がした魚

　女遊びが最悪なクズとして評判のシスル・フォアード伯爵令息は、これみよがしなため息を何度も吐きながら安ホテルのベッドに腰掛けた。

　そのため息にびくついて、アスティ・フラメル侯爵令嬢がオドオドと所在なさげに立っている。そんなところにもイライラさせられる。
　毒にも薬にもならない、壁の花にもなれない壁紙女。派手な肉感的な美女を好むシスルのアスティへの評価はそんな程度だった。

　「あ、の……お風呂……」
　「そんなのいいからさっさと服脱げよ！」
　「……うん」

　アスティは泣き出しそうなほど声が震えている。舌打ちしながらシスルは服を脱ぎ始めた。

　シスルはクズだが見た目が無駄に良かったせいで女にもてた。16で女の身体を知ってから、派手に女遊びを続けていた。
　下半身が行動原理のシスルにとって、幼い頃に結ばれた婚約も婚約者のアスティも邪魔でしかなかった。地味なだけの大人しい性格も見た目も全く好みじゃない。

　一ヶ月ほど前の夜会で、見た目も身体もどストライクの女をようやく口説き落とした。そのタイミングで放蕩を両家の親に咎められ、シスルはとうとうキレたのだ。
　両親が去ったあと、いかにこの婚約がイヤで、アスティに我慢ならないかをぶちまけた。アスティは泣きながら婚約の白紙を了承した。条件付きで。

　《処女を貰ってほしい》

　ずっとシスルに焦がれていたアスティの提示した条件がそれだった。下半身が反応するかちらりと考えたが、シスルはその条件を飲むことにした。
　爵位が上のアスティ側からの申し出で、すでに婚約は白紙に戻された。そして今、アスティの処女を貰ってやるために安ホテルへと来ているのだった。

　「さっさとしろよ」
　「ごめんな、さい」

　適当に濡らして突っ込んで出す。手早く済ませたいシスルは苛立ちを募らせる。服を脱ぐアスティは手が震えていて、作業が進まない。

　「貸せよ」

　イライラしながら慣れた手付きでアスティの服を脱がせる。全裸に剥いたアスティはそこそこの凹凸があり、思ったよりは悪くない。

　「来い」

　乱暴に引き入れた寝台で、丁寧な愛撫どころかキスすらする気のなかったシスルは、そのまま足を開かせた。

　「やぁ！」

　真っ赤になって抵抗したアスティの足を押えたまま、シスルはアスティのそこに釘付けになった。

　「……お前、生えてねぇの？」

　全くの無毛。丸見えのそこは恥ずかしさからか、ピンクの割れ目がうっすらと濡れ光っていた。思っても見なかった光景に、シスルは下半身に急激に熱が集まるのを感じた。

　「……あの、変なんですか……？」

　不安げなアスティの声には答えず、生唾を飲み込んだ。スゲーエロい。釘付けになったそこに誘われるようにゆっくりと指を沈める。

　「あっ！シスル様っ！待って！」

　焦った声を上げたアスティを無視し、そのまま奥に進んだシスルが呆然と呟いた。

　「……マジかよ……」

　処女だから当然キツイ。でも指が感じる感触はそれだけではなかった。ざらざらと目の荒い蛇腹のような肉壁が広範囲に広がり、ねっとりとうねるように肉襞が蠢めいている。
　シスルの指に媚びるように絡みつき、奥へ奥へと吸い込むように引き込もうとしてくる。

　「あっ！あっ！シスル様！シスル様！」

　中で蠢くシスルの指にアスティが悲鳴をあげる。だがシスルにはそれに構う余裕がない。アスティの中の感触を指で味わうことに夢中になっていた。
　散々色んな女を弄り回した。中の感触でだいたいの具合が分かる。だがアスティの中はどうだ。こんなの誰も想像できるわけがない。

　「あっ！やぁ！痛い！どうか、ゆっくりっ……！あぁ！」
　「………わりぃ」

　呆然としたまま上の空でシスルが答える。だが意識はたった一本指を入れただけで確信する、とんでもない極上の穴に向いていた。
　ここに突っ込んだら……。興奮のままに指でアスティの中を味わう。探るほどぞくりと背筋を期待が駆け抜ける。唾を飲みこむ喉仏が上下した。

　「ああっ！んぁ……あぁ……」

　こんなとこに突っ込んでこの肉壁にこすり立てたら……。考えただけでイキそうになった。
　シスルのモノをグイグイ奥に引き込むのだ、この媚びるように捻るようにうねって絡みつく肉襞が。
　それに逆らって引き抜けば、熱くなった一面蛇腹のようなざらざらした肉壁が、逃がすまいとキツく締め付けて来るんだろう。
　いつもなら女の悦ぶザラリとしたそこ一点をめがけて擦りたてる。女も締付けそのザラリとした刺激がシスルのモノにも快楽を起こす。
　だがアスティはどこを擦ろうが、突き入れたモノ全体にその刺激を与えてくるのだ。こんなのひとたまりもない。

　「……シ、スル様ぁ……やっ！おかしい……そこ変……です……ああっ……」

　甘く蕩けた声に歯噛みする。淫乱で感じやすいオマケ付きかよ。甘く蕩けるほどに中は柔らかく熱くなり、引絞るように蠕動し始める。

　「シスル様！シスル様！ああっ！ああっ！ああああーーーーー！！！」

　ぷしゅう、ぷしゅっ、ぷしゅっ。マジかよ……。大したことをしてもないのに、イキやがった。処女のくせに潮まで吹いて。
　入ったままの指がアスティの肉襞に食い付かれている。ぐにぐにと不規則に締付けと弛緩を繰り返すそこ。ピンクを濃くした割れ目が、酷く淫靡に蠢く様は、シスルを挑発しているかのようだった。

　「……くそっ！！」

　どくどくと脈打つほどにイキり立った己を、アスティの中に突き入れた。

　「ーーーーっ！！！」

　びくびくと快楽の余韻に震えていたアスティは、衝撃に声も出せなかった。

　「やばい！やばい！やばい！」

　気持ちいい！気持ちいい！気持ちいい！突っ込んだ途端、意識ごと引きずり込まれるような快楽は想像以上だった。理性が吹き飛ぶどころか、完全に脳まで溶けて馬鹿になった。

　「やだぁ！シスル様！痛い！痛いよぉ！」

　アスティの声も届かない。突っ込んでるだけで気持ちいい。腰を振れば振るほど頭がおかしくなるほど気持ちいい。無我夢中で出し入れする。どうやっても止まらない。
　女とやりまくりのクズ男の矜持も砕け散るほどあっさりと秒で達した。中で出すつもりなど毛頭なかったのに。引き抜くことなど考えもしなかった。
　それでも穿つ腰は止まらない。出された精子を飲み込むかのような膣の動きに呻いて、腰を振らされる。よ過ぎて止められない。

　「いやぁ！だめ！シスル様！……っ！！あっああっ！！！」

　痛がるアスティの花芯を押しつぶした途端、戦況は悪化した。快楽に弱い淫乱な身体はそれだけで、すぐに達した。
　その途端、咥えこませたシスルのモノに奔流のような快楽が押し寄せる。吸い出すように絞られる精液。堪えきれるものではなく、射精を強要されあっさりとシスルは再び果てた。
　快楽に視界が真っ白になってチカチカ点滅した。シスルはその快楽の強烈さに、最奥に経験したこともないほど大量に射精しながら一瞬気を失った。

　「……はぁ……はぁ……やばい……マジでやばい……」

　ぐったりと身体を投げ出したアスティを見下ろす。声も出せず、身体も動かせないのだろう。そのくせ、中は別の生き物のように蠢いて、未だにシスルに慄くような快楽を与えてくる。
　たかがアスティを抱くだけだと安宿にした。退室を促すノックにも気付けないほどに夢中になっていた。
　結局アスティの身体に捕らわれたシスルは、その身体を明け方まで貪った。気絶するように眠ったのは、空が白み始めてからだった。深い快楽に満たされた眠りは深く、夕方になって起きたときにはアスティはもういなかった。

　超過しまくったせいで、高級宿より高くついた支払いをし、ぼんやりしたままシスルは安宿を後にした。

※※※※※

　《思い出をありがとうございました》

　後日アスティからそんな書信が届いた。それっきりなんの音沙汰もない。アスティがシスルに惚れていたのは気付いていた。婚約を白紙に戻すのに、最後に処女を貰ってほしいと願うほど惚れられていた。

　（俺と寝たんだぞ？しかもあんだけやりまくったのにーー）

　いや、処女のアスティにあそこまでしたからか？シスルは頭を抱えた。あれから2ヶ月経とうとしている。すぐに届いた書信だけで本当に何もなかった。
　条件を出されたとき、寝たあと執着される心配までしていたのにも関わらず、そんな気配は影も形もない。

　（そんなあっさり忘れられるのかよ！！）

　良過ぎたアスティの身体。1ヶ月は呆けたようにやる気も起きず、このままではまずいと落とした女や関係した女を抱こうとした。だが、全く下半身が反応しない。下半身どころか興味すら持てなくなっていた。あれだけ執着した女に、内心毒づき見切りをつけた。

　（見た目を気遣う暇があるなら穴の性能を磨けよ。勃ちもしねー）

　正確にはアスティとのセックスを思い出すといきり立つ。なんとかそのまま突っこもうとしても萎える。挿入もできない。入れたところで、どうにもならないだろうことも簡単に想像がついた。

　「……くそっ！！」

　ダンッ！と机に拳を叩きつけて立ち上がった。溜まっていた夜会の招待状を漁る。送り主を見ながら選別して、アスティが参加しそうな夜会を探す。
　婚約はアスティを抱く前に白紙になっている。会う口実も、爵位が上のアスティには書信さえも送れない。そもそも婚約が白紙になった経緯を考えれば、そんなことはできるはずもない。

　（ちょっと顔を見て、あの日のことを少し話すだけだーー）

　自分に言い訳しながら、一通の招待状に参加の返事を出したのだった。

※※※※※

　（どこだよ！？壁紙女！）

　主催者からして、アスティは確実に参加しているはずの夜会。会場を見回すもその姿は見当たらない。

　「シスル？久しぶり！最近全然見かけなかったな？」

　腕にバカそうな女をぶら下げた友人が、シスルに手を上げた。

　「婚約を白紙撤回できたんだって？おめでとー」

　思ったとおりバカだった。シスルが顔を険しくしたのを見て、女はこわーいと友人にしがみついた。こんなの自慢げに連れ歩いてるとか、頭が沸いてる。

　「あっ！ナターシャ！！」

　女は知り合いを見つけたのか、挨拶もせずにその場を離れる。礼儀もない。

　「手を出すなよ？」
　「は？出すわけねーだろ！ふざけるな！」

　見当違いの牽制に噛み付いた。頭が沸いたせいで目までおかしくなってるらしい。苛立つシスルに目を丸くして、友人は首を傾げた。

　「お前好みの女だろ？」
　「はぁ？」

　侮辱する気か！と怒鳴りかけて、頭をガツンと殴られたように思い出す。……そうだった。派手な目鼻立ちに濃いめの化粧。露出が多めの胸のでかい目立つ女。
　シスルは目を見開いた。それだけだった。下品だろうが礼儀知らずだろうが、気にしたことなどなかった。連れ歩いて目立つかどうか。
　目立ってはいただろう。悪いほうに。自慢げに連れ歩いていた。友人に対して抱いた感想は、そのまま他人からの評価だっただろう。
　自分がどれだけバカに見えていたことか。アスティにどう見えていたかと、シスルは今更ながら戦慄した。

　「おお！またやってる。あの子、シスルの元婚約者だろ？」
　「……っ！アスティ？」

　呆然としていたシスルは、友人のおかしそうな声に顔を上げた。目の合った友人がにやつきながらクイッと顎をしゃくる。振り返ったその先にアスティがいた。ドクリと心臓が音を立てる。

　「まさかあのランコムがお前の元婚約者にハマるとはな。」
　「……なにっ！？」
　「なんだ、知らなかったのか？ちょっと前から熱心に求婚してるんだってさ。しかも女と全部手を切って。」
　「……アスティに？……求婚？」

　ランコムはシスルと同じクズ男として有名だった。シスルとは違った見目の良さで、たまに比較対象にされることもあった。
　ただ人妻だろうがなんだろうが女と見れば手を出すあたり、穴があれば突っ込む男としてシスルより悪評高い。

　「女整理して求婚とかって何があったんだろうな？天変地異の前触れか？」

　ゲラゲラと笑う友人の言に、シスルは拳を握りしめた。そんなの答えは簡単だ。言われなくても答えはわかってる。ギリッと歯を食いしばる。

　（ランコムなんかと寝やがってーーーっ！！）

　身のうちから沸き上がる怒りのままに、シスルは歩き出した。好奇の目を集めながら、跪いて熱心に求愛するランコムに、困ったように眉を下げているアスティ。

　「アスティ！！」
　「………シスル様？」

　びくりと肩を揺らしたアスティが、振り返り驚いたように目を丸くする。

　「話がある！来い！！」

　返事も聞かず、手首を掴むとそのまま足早にその場から連れ出した。

　「……っ！シスル様！ゆっくり！」

　背の高いシスルの歩調に、ドレスとヒールのアスティは足を縺れさせながら必死に歩く。人気のない中庭についたときに、シスルは振り払うように手首を離した。

　「……お前、ランコムと寝たんだろ？」

　ハッと息を飲んでアスティは俯いた。シスルは目の前が真っ赤に染まった。あの身体をあの中を味わわせた。他の男に。怒りのままにシスルは衝動的に怒鳴りつけた。

　「白紙にしたばかりで、とんだ尻軽だな！！穴があれば突っ込む男に股を開くとか、そんなに俺とのセックスが良かったか？ハマったのか？処女のくせに潮吹くくらい淫乱だか「言われたくない！！………シスル様にだけは言われたくない！！」

　俯けていた顔を上げ、アスティはシスルを睨みつけた。

　「婚約期間中に散々遊んでいたシスル様には言われる筋合いはありません！！確かにランコム様に介抱していただいたときに、そういう関係になってしまいました。ですが婚約が白紙になってからです！もうシスル様とはなんの関係もなくなってからの話です！」

　怒りに涙を滲ませて、アスティは震えながら声を荒げた。

　「……なんの、関係も、ない……」
　「私は約束を守りました。望んだ通り白紙にしました。シスル様に関わらないようにもしています。責められるいわれはありません！」

　ぼろぼろと涙を零しながら、言い募るアスティにシスルは呆然とした。そうだ。何もかもシスルが望んだ通りになった。それなのに……。
　ずっと懸命に慕うアスティを邪険にし続けた。アスティがいようが構わず女を口説き、そのまま二人で消えたときすらあった。

　「……アスティ……」

　両家の親に責められ、親がいなくなってからアスティを散々罵倒して婚約を白紙にさせた。最後の願いとして抱くときも、たかがアスティと侯爵令嬢が一生足を踏み入れることはない安宿だった。処女の身体を気遣うこともせず、キスも愛撫もしなかった。
　想定外だったのは、アスティの身体が堪らなかったことだけだ。それ以来頭からアスティが離れないことだけだ。アスティ以外が無価値になったことだけだ。

　「アスティ！」
　「ランコム様……」

　アスティはホッとしたような困ったような風情で返事を返した。アスティが他の誰かの名を呼ぶことに、酷く不快感が募った。

　「大丈夫かい？帰ろう？送っていくよ」
　「……触るな！アスティに触るなよ！！」

　アスティの背中に回されたランコムの手を振り払う。

　「元(・)婚約者がなんの権利があってこんなことするんだ？」

　せせら笑うようなランコムに、頭に血が上る。胸ぐらを掴んで地を這うような声を噛み締めた歯の間から軋りだす。

　「お前みたいなクズ野郎がアスティに触るな！」
　「身辺整理して求婚してる。脳みそへの栄養が全部胸にいってる、バカ女好きのお前に言われたくないね。」
　「ちょっと！二人ともやめてください！」

　止めようにも揃って長身の二人。服を引っ張る程度しかできないまま、アスティは必死に引き離そうとする。

　「どうせ身体目当てだろ？アスティに近づくな！！」
　「お前になんの権利がある？処女相手に突っ込むだけの猿野郎がっ！！」
　「穴があれば突っ込むクズに性病うつされるのを黙って見てられるかっ！！」
　「とっくに整理してるんだよ。俺が優しく何度も何度も気絶するほど慰めたんだ。お前はもうリセットされてる。過去になった男がしゃしゃり出るなよっ！！」

　徐々に激昂し始めた二人が、とうとう殴り合いを始め、騒ぎに人が駆けつけるまで、互いが相手を殺す勢いで殴りつけあっていた。

※※※※※

　「……悪かった。今までずっと。」

　見舞いに来たアスティにシスルは深く頭を下げた。

　「……やり直したい」
　「……今更です。婚約は白紙になりました。」
　「白紙ならもう一度結びなおせる」
　「無理ですよ。父が許しません。」
　「俺が説得する。説得できたらやり直してほしい。」
　「…………」

　視線を避けたままのアスティに、シスルが縋るような目を向ける。

　「……アスティ……お願いだ」
　「………私はずっとシスル様をお慕いしていました。でも、ずっと邪険に扱われてきました。辛くてたまりませんでした。」
　「………すまなかった」
　「……最後に抱かれ、長い物思いにけじめをつけました。正直やっと解放されたとも感じました。それだけ辛かったのだと気付きました。」

　シスルは拳を握りしめる。アスティは俯けていた顔を上げ、シスルに視線を合わせてはっきり言った。

　「長くずっと焦がれていたので、燻る想いが全くないとは言えません。でも簡単にやり直せるほど、傷は浅くないんです。私だけでなく、家族も。家名も。」

　ぐっとシスルは息を詰める。分かっていたことだ。それでも諦めきれない。

　「私は父が縁談を持ってきたら、それに従うつもりです。」

　立ち上がりかけたアスティを引き止めるようにシスルが口を開く。

　「…………もうそういう話があるのか？」
　「いえ、まだ言われてはいませんがいずれ来ることになると思います。」

　淡々と答えるアスティの声にはかつての熱量は感じられなかった。それでも僅かでも希望があるなら。

　「君が結婚を決めるまでは足掻かせてくれ！はっきりと決まったならもう迷惑はかけない！だからっ！！」
　「………約束はできません」
　「わかってる。俺が勝手に足掻くだけだよ……」

　アスティは何度か言葉を探して口を開きかけた。だが思い直したように、すっと礼をした。

　「………お大事に。」

　そのまま静かにアスティは去っていった。その背中を見送るシスルの瞳は後悔に滲んでいた。
　まずは侯爵家に頭を下げに行こう。それからアスティに花束を………なんの花が好きかも知らない自分に気付き、自嘲して閉じた目から涙が溢れる。
　一度だって贈り物をしたことはなかった。自分のクズっぷりに反吐が出る。やり直したいと思ったきっかけさえ、身体が良かったから、だ。

　（希望は薄いな）

　アスティが頷くはずがない。それでもみっともなく縋って足掻かずにいられない。アスティ以外もう考えられない。
　もし想いが届かなくても、忘れることはできそうにない。
　あの日鮮烈な快楽で焼き付けられた恋情。その衝撃に目が覚めれば、クズでどうしようもない、自分だけが残された。

　「……アスティ……！！」

　逃した魚の大きさにその価値に今更気づいたクズ男は、かつてはその未来も心も身体も、全て余すことなく自分のものだった愛しい者の名を振り絞るように呟いた。