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「テントが、広く、なりましたね。」
設営が終わると涼香くんがテントの中を覗き込んで言った。
「もう貧乏学生じゃないんでな。」
十年前に使っていたテントはとうに壊れて捨ててしまった。
旅館やホテルに泊まってもいいのだが、フィールドワークの時は未だにテントだ。
その土地に溶け込むような感じがして、何故だか心地好い。
「前に来た時もこのくらいの時期だったな。」
蝉が五月蝿いくらいに鳴いている。
「覚えて、いたんですね。」
眩しそうに目を細めながら涼香くんが言った。
「いや、正直、涼香くんに会うまでは忘れていたよ。」
「でしょうね。」
予想通り、とでも言いたげに涼香くんが大袈裟に溜息を吐く。
煙草を取り出して、火を点けると夏空にゆっくりと紫煙が昇っていった。
「俺は少し出掛けるが、君はどうする?」
「お祖母様の、お手伝いが、あるので、遠慮して、おきます。」
そう言うと涼香くんは踵を返して家の方へ向かっていった。
「夜には戻るから、よければここへ来るといい。」
背中にそう声を掛けると涼香くんは振り返って、小さく頷いた。
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