塔矢の夏

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ここへ来てから数日が経った。 目新しいものは特に無かったが、婆さんが今までに見てきたものの話は実に興味深かった。 「失せ物探しで行方不明の嫁さんの居所を探しに来た男がその嫁さんを背負っていてねぇ、『何言ってんだ、お前さんが殺して埋めたんだろ』って言ったら真っ青になって逃げ帰ってねぇ、一体何をしに来たんだか。」 「右腕が痺れて動かし辛いって人が来てねぇ、医者に見せても原因がわからなくて治らないって。聞けば、川で釣りをしていて姿の見えない何かに触ったって言うんだよ、きっと水神様に触ったんだろうねぇ、痕が残っていたよ。滅多に無いことなんだけどねぇ。まぁ、相手が神さんじゃ祓うことも出来ないが。」 「とある葬式に行った時の話なんだけどねぇ、ホトケさんの目が何度閉じても開いてしまうってご遺族が騒いでいてさ、なんだか受付に嫌な気配があったんで、香典を見せてもらったのさ。水引はわかるだろ?銀色の水引の一つが禍々しい気を放っていてねぇ、鋏を入れさせてもらったのさ。そしたら断面がね、黒いんだよ、普通は和紙をこよりにして作るから白いはずなんだ。髪で出来てたのさ、女の髪だよ。わざわざ拵えたんだろうねぇ、よっぽど恨まれていたんだよ。」 縁側で茶を啜りながら、美味そうに紫煙を吐き出す婆さんの話は尽きない。 ボイスレコーダーで録音させてもらいながら、俺は純粋に話を楽しんでいた。
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