塔矢の夏

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夜になると涼香くんがあの頃のように湯呑みを持ってやってくる。 珈琲を飲みながら、取り留めのない話をして日付が変わる頃になると帰っていく。 ここは東京に比べて時間の流れが遅く感じる。 今年の夏はここでゆっくりと過ごすとしようか。 そんなことを考えて、二週間程経ったある日のことだった。 まだ夜も明けきらない薄暗い時間に突然、テントの中に涼香くんが駆け込んできた。 「助教授!お願いです!今すぐ東京に連れて行って下さい!」 「涼香くん、まず落ち着け、一体どうしたんだ。」 紙のように真っ白な顔色で震える涼香くんの肩を掴んで数回揺さぶる。 「彼女が……大変なんです、すぐに戻らないと…。」 只事ではない様子に俺はとにかく荷物を纏めることにした。 「直ぐに支度をするから、涼香くんも着替えてこい、その格好で帰るつもりか?」 寝巻き姿の涼香くんは自分の服装を見て、立ち上がった。 「着替えてきます。」 そう言って涼香くんは勝手口に駆けていった。 一体何があったというんだ。 いや、それは道中聞くとして、今は一刻も早く東京に戻るべきだろう。 「それは後から近所の男衆に頼んで送ってやるから、とにかく急いで戻るといい。」 テントのペグを引き抜いていると、騒ぎを聞きつけたのか婆さんが来て言った。 「わかりました、よろしくお願いします。」 俺は最低限の荷物だけを持って、車に戻ってエンジンをかけて涼香くんを待った。
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