初恋

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「こんにちは。八緒さん、いる?」    静かに家の戸が開き、圭佑が顔を覗かせてきた。ついさっきまで圭佑の話をしていたことで気まずい思いがして、結はいつものようにまっすぐ彼を見れずに俯いてしまう。   「あら、圭佑くん」    一部屋だけの小さな家のこと、戸を開けると見渡せる家の中で、圭佑は言葉とほとんど同時に八緒の姿を目にする。  俯いていた結は気が付かなかったが、確かにその時、圭佑はかすかに目を大きくして八緒を見た。そして八緒もまた、そんな圭佑を正面から目にする。その喉が一度大きく動くのを、八緒だけが見ていた。  しかし八緒はそんな圭佑の違和感を無視するように、いつもと同じに柔らかな笑みを浮かべて圭佑に話しかける。   「今も結と圭佑くんの話をしていたのよ。本当に久しぶりね。おかえり、圭佑くん」 「ありがと。八緒さんは……、変わってないね。二年前と同じ、綺麗なまま」    あまりに率直な賛辞が八緒にかけられるのを耳にして、結は思わず顔を上げてふたりを見る。  じっと八緒を見ている圭佑。八緒もまた、口元に穏やかな笑みを浮かべたままで圭佑を見ていた。   ……ずるい。圭ちゃん、わたしにきれいって言ってくれて嬉しかったのに、母さんにまで。あれは、そんなに簡単な言葉だったの?    圭佑にきれいになったと言われてふわりと胸の中で膨らんでいた自信や喜びが萎んでいくのを感じる。互いを見ているふたりに、結はまるでひとりだけ取り残されたようで、何だか苛々してしまう。    やだな。圭ちゃん、母さんを見ないで、わたしを見て。……わたしだけを、見てよ。   「圭ちゃん!」    気が付けば大きな声で呼んでいた。ほとんど無意識にそんなことをしていた自分自身に驚いてハッとなったときには、八緒と圭佑が同じように驚いた顔で結を見ていた。   「結?」    八緒が(いぶか)しげな顔で呼んでくるのが悔しかった。圭佑が目を大きくしてこっちを見ているのが恥ずかしかった。   「……っ、何でもない!」    それだけ言うのが精一杯で、結はもうこの場にいることすら耐えられずに、言葉の勢いのままに立ち上がる。   「結っ」    圭佑が呼ぶのが聞こえても、その横をすり抜けて外へ飛び出した。
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