初恋

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 やだやだ、気持ちが悪い。きらい、きらい、大っ嫌い!    一体何に対してこんなに苛立っているのかも分からないままに、結はそれから逃げるように、ただ夢中で走った。  しかし海辺の家のこと、走り出したところですぐに海の水に足がついてしまう。それ以上進めなくなり、ようやくその場にぼんやりと立ち止まった。   ……嫌いよ、こんな自分。    足を止めると同時に、勢いづいていた気持ちも(しぼ)んでいく。苛々とした気持ちを八緒や圭佑にぶつけたのが、今度は自身への嫌気に変わっていった。  それでもどうしてこんな気持ちになっているのかはやっぱり分からず、そのことが悔しくて悲しくて、目の前の海が滲んでいく。   「結」    息を切らした声が、背後から聞こえてきた。それはずっと聞きたかった声。だけど今は一番聞きたくない声。   「圭ちゃん」    涙を拭い振り向くと、圭佑がほっとした顔でこちらを見ていた。圭佑が八緒よりも自分を追いかけて来てくれたことに、肩で息をするその姿に、結は安心して嬉しくて拭った涙がまた込み上げてくる気がした。   「結、お前……、どうしたんだよ。何かあったのか?」 「……なんでもない」    ついさっきほっとしたのは確かなのに、素直になれない。顔を見れて嬉しいのに、反面で悔しさと苛立ちが再び顔を出す。   「なんでもないって……。そんなことないだろう? ……いいからほら、早く上がれ」    小さくため息をついてこっちに手を差し伸べてくれる圭佑の手を取り、海から出る。もう春だというのに海の水はまだまだ冷たくて、ずいぶんと足元は冷えてしまっていた。ぶるりと体を震わせる結に、圭佑はかがみこんで自分の履いていた草履を砂の上に置く。それを見て初めて、結は自分が裸足のままで飛び出していたことに気が付いた。そんな、あまりに子供っぽいことをしていた自分が恥ずかしくて、苛々とささくれ立っていた気持ちすらも萎んでいった。   「……ごめんね、圭ちゃん。わたし……」    何とか謝ることはできたものの、どうしてあんな気持ちになったのかは自分でも分からないままで、何と言っていいのかも分からなかった。言葉を詰まらせる結に、圭佑は立ち上がって頭に手をやる。   「もういいから。な、結。帰ろう」 「うん……」    圭佑が伸ばしてくれる手の指先を掴み、ゆっくりと歩く彼について行く。指先の温もりに涙は止まったものの、今度は気恥ずかしさで顔を上げられなくなってしまった。
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