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「結」
この暗くて明るく、心地よい景色の中で、声が聞こえた。景色よりも星空よりも、何よりも優しく甘い声。
「圭ちゃん」
嬉しくなってふわりと微笑んで振り向くと、そこには同じように柔らかな笑みを浮かべて圭佑がこっちを見ていた。
「うるさくて疲れたろう? 悪いな、結」
「ううん。すっごく楽しい。みんな、圭ちゃんが帰ってきて嬉しそうだね」
「あぁ。俺も嬉しいよ。町の生活も賑やかで飽きないけど、やっぱりここが故郷だな。波の音が聞こえるとほっとする」
再び海に顔を向け、手を広げてすぅっと大きく息を吸う圭佑。言葉の通り、懐かしく嬉しそうに村の空気を体に吸い込んでいた。
閉じた目に、その故郷の中に、自分もいるのだろうか。それならいいのに。圭佑が安堵するという景色の中に自分もいたいと、結は強く思いながら圭佑の横顔を見ていた。
「ねぇ、圭ちゃん」
「ん?」
懐かしい故郷に向けている、嬉しそうな顔を自分にも向けてほしかった。そう思って名前を呼ぶと、圭佑は笑顔のままで振り向いてくれた。
これまでは気にも止めなかった、大きな手に、太い喉に、高いところにある涼し気な口元に思わず目を奪われそうになる。
あのね、圭ちゃん。わたし、圭ちゃんが好き。お兄ちゃんなんかじゃない、友だちとも違う。男の人として、好きです。
今も胸を暖めてくれるこの想いを知ってほしい。伝えたい。
だけど今はまだ恥ずかしくてできない。今はそばにいられるだけで充分。笑顔を向けてくれるだけで嬉しい。だから。
ごめんね、いつか必ず伝えるから。だからもう少し、待っててね。
「ううん、なんでもない」
「そっか。それじゃあ、そろそろ戻るか」
「……うん」
本当はもう少し、こうやってふたりでいたかったけれど、伸ばしてくれる手が嬉しくて、結はその手をしっかりととった。
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