昭和十七年

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昭和十七年

 穏やかな時間はゆっくりと過ぎていく。海のそばで自然とともに生きる暮らしをしていると、その移り変わりは体全てで感じるものだった。  太陽の出る時間、沈む時間。波の色の違い、風の温もり。それらを感じ、季節を感じながら四年が経ち、結は十四才になっていた。   「結ちゃん、おはよう」    朝、家の外に出た結は、小柄な男性に声をかけられる。彼は数件隣の家に住み、八緒と結がこの村に来てから特に親しくしている一家の主だった。結も優しく接してくれる彼にすぐに懐いた。   「おはようございます、孝二おじさん。今日もいいお天気ね」 「あぁそうだねぇ」    空を見上げるその顔に、いつもと違う晴れやかな雰囲気を感じる。   「おじさん、いいことでもあった? 何だか嬉しそう」 「ん? 分かるかい? 実は今日ね、圭佑のやつが帰って来るんだよ」    圭佑。それはこの家の次男の名前。結より三才年上の彼は、二年前から遠くの町に出稼ぎに行っていたのだ。それはこの村の人間には時折あることだったが、圭佑を兄のように慕っている結は彼が村を出て行き、会えなくなることを特に寂しく思っていた。二年前に圭佑が出ていったときは、いつまでもめそめそと泣いていたものだった。  その圭佑が今日、戻ってくる。そう聞いて結も孝二と同じように笑顔を浮かべた。   「圭ちゃん、戻ってくるの? 今日?! やったぁ」    両手を上げ体全身で喜びを表す結に、孝二もまた嬉しそうに笑っていた。      家に戻った結は、朝食を摂りながら八緒にその話をした。興奮に顔を赤く染めて嬉しそうに話す娘を、八緒もまた嬉しそうに見ていた。   「それで、それでね、母さん。圭ちゃんが帰ってきたらわたしにもすぐ教えてくれるって、おじさんが」 「そう。それは楽しみね。じゃあ今日の仕事は早めに終わらせなくちゃ」    くすりと笑って八緒は言う。二年ほど前から少しずつ裁縫を教わり、今では結も母の仕事を手伝えるようになっていた。    こうして朝食を終えたふたりは、いつもより少し張り切って仕事をすすめたため、昼過ぎには今日の仕事はほとんど終えることができた。
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