昭和十七年

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「んーっ。っと、圭ちゃん、まだかなぁ」    仕事を終えて外に出、ぐんと伸びをする。じっと座って裁縫をするのはやっぱり性に合わないかもね、と思いながら、凝り固まった体を思い切り伸ばした。涼しげに髪を揺らす風が心地良く、家の中に閉じこもるより外で体を動かす方がわたしは好きだな、と改めて思う。   「あれ、結……か?」    海を眺めていたその背後から、ぽつりと声が聞こえてきた。鼓動が高鳴り素早く振り返る。そこに立っている大きな人影。   「圭、ちゃん……?」    明るい日差しの下、笑っている口元は見えるものの、その顔には影が差してよく見えない。声に聞き覚えがあるような気もするが、こんなに低かったっけと、その人と確信できるほどの自信はない。背丈も思い出の中にあるよりもぐっと伸びていて、体つきだって随分がっしりとしているようだった。  はっきりと分からないままに期待ばかりが膨らみ、結は手の平で(ひさし)を作って確認しようと目を細める。   「あぁ、俺だよ。ただいま、結」    しかしはっきりと顔が見えるよりも先に、その言葉で確信に変わる。   「圭ちゃん! おかえり、……おかえりなさい!」    嬉しくて思わず昔の、子供の頃のように駆け出して飛び付いていく。圭佑は驚きながらもちゃんと受け止めてはくれたが、その顔が動揺に赤く染まり、腕が行き先を見失って彷徨(さまよ)っていることに結は気づかなかった。   「あ、あぁ、結。……お前、大きくなったなぁ」 「ほんと?! でも母さんにはまだまだ子供扱いされるんだよ」 「そりゃあ、親にとって子供はいつまでも子供だって言うからな。俺だってそうさ。……だけど結、本当に、きれいになった」    八緒には『早く寝なさい』『またそんなに泥だらけになって』とまるで小さな子供を諭すときのように言われることも多いのだ。そんなときはいつも、『もう十四才なのに』と少し不満に思ってしまう。だからこそ、圭佑に大きくなったと言われたことが嬉しかった。きれいだと言われて胸の中に春が来たように暖かくなった。ついさっき抱きついていったのが信じられないように、今は顔を見ることすら照れくさくてできない。どうしてこんなに顔が赤くなってしまうのか分からなかった。  圭佑の前では大人になりたいといつもより少し強く思っていることには、結はまだ気付いていなかった。
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