初恋

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初恋

「それでね、母さん。圭ちゃんがね、わたしが大きくなったって」    あのあと家の方に帰っていった圭佑を見送って結も家に戻ると、遅めの昼食を摂りながらさっきの出来事を八緒に話した。  やや興奮気味に頬を赤くしながら早口で話す結の話を、八緒は可笑(おか)しそうにくすくすと笑いながら聞いている。   「そう。二年ぶりだものね。結も成長するはずよねぇ。圭佑くんも驚いたでしょう?」 「えー、どうかなぁ」    きれいになったと言われたことは言わなかった。いつも八緒には何でも話せたし話したいと思っているはずなのに、なぜだろう。照れくさかったからなのか、噛みしめるように自分だけのものにしたかったからか、そんな気がしたが、どちらかはまだ分からなかった。  ううん、きっと照れくさいからだよね。  言い聞かせるようにそう思う。だけど圭佑の言葉を振り返れば顔が赤くなってしまうような気がして、そうなる前に話を変えようと殊更(ことさら)明るい声で言う。   「でもね、圭ちゃんもすごく背が高くなってたよ。ひょっとしたら聡一兄ちゃんより大きかったかも知れない」    聡一は圭佑の兄で、根は優しいのだが体が大きく動きも荒っぽいこの人物が、結は越してきたときからどうも苦手だった。ただ話しかけられただけなのに、低く大きい声で言われると小さかった結にはまるで怒鳴られているように思えて、つい怯えてしまうのだった。そんな時はいつも、圭佑がそばにきて庇ってくれ、結は自然と圭佑をより慕うようになっていく。   『兄貴、結をいじめるなよ』    自分よりも大きな背中を見ながらそんな声を聞くのは何より安心できた。その先で聡一が苦笑いしながらふたりを見ていたことも、聡一が去ったあとに圭佑が誇らしげに笑ってから振り向くことも、幼い結は気付いていなかったが。    こうして圭ちゃん、圭ちゃんとくっついて回る結の姿は村の人の間で微笑ましく見られる日常風景になっていた。    聡一のことを圭佑が呼ぶのと同じように兄と呼んでいるのも、結が圭佑を慕っているからこそだった。
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