1 NO.1 箕田 唯斗

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1 NO.1 箕田 唯斗

今から30年以上前からなんだそうだ。 "普通"の人間の出生率が、急激に低下していったのは。 子供の頃から、爺ちゃんや婆ちゃんから、40年も前に世界的に流行した感染症は、そりゃもう恐ろしかったってよく聞かされた。人がバンバン亡くなってったんだって。 父さんや母さんは未だ小さかったんだけど、保育園や幼稚園が休みになって家で過ごしてた時期があったのは覚えてるらしい。 実際、その頃働き盛りだった爺ちゃんは職場でクラスター、婆ちゃんも爺ちゃん経由で家庭内感染したらしいんだけど、ラッキーな事にごく軽度の風邪程度の症状で済んだらしい。 その感染症は、最初の確認から短期間で爆発的に感染が広がり、ものの5年で世界の総人口の三割以上を削いだ。勿論その間、ワクチンやらも開発されたので、その摂取率が上がるにつれ、感染は緩やかに収束。 人々はやっと日常を取り戻した訳だ。 しかし時が経つにつれて、皆が首を傾げる事が起きてきた。でもそれは、一般的には喜ばしい事だったから、皆何も言わなかった。けれど、感染症収束から20年もすると、人類はその違和感の正体に完全に気づいた。 小学生、中学生、高校生。 歩いている若者達は粒を揃えたように皆、やたらと整ったルックス、長い手足のスタイル。皆が、昔で言う平均以上の容姿になっていた。 早い内からその事に着目していた研究者達は、その原因を探って、『多分だけどワクチン。』という、一見アバウトにも見える研究結果を発表した。 だが実際、それは的を射ていたらしいんだ。 感染症流行時から収束にかけて人類のワクチン接種率は九割以上。残りはまあ、体質的なもので接種を避けなきゃいけなかった人達だろうな。ウチで言えば小さい頃に虚弱体質だったっていう母さんがそうだ。もしくは、色んな事情で接種のタイミングを逃したか。それでも感染を免れたラッキーな人達もいたらしいけどな。 で、問題はそこからなんだけど、ワクチン接種済みの両親から産まれた子供達は100%の率で容姿が整っていた。そして、両親の片方でもワクチン未摂取の場合は、ごく稀に普通~の容姿の子供が産まれてくる事がある。不細工でも美形でもなく、本当に普通~の。 感染症で多くの人口を失うというリスクを負った人類が、その代償として美を手に入れたなんて言えば聞こえは良いし、それ自体は悪い事じゃないんだろうが、ものには限度ってのがある。 右を向いても左を向いても美形しかいないんじゃ、それがスタンダードになってしまう。"普通"と同じだ。 "美"の価値は、あっという間に暴落した。 そして今、新たに台頭しているのが、"普通"。 一割未満の未接種組の血を引く子供達の中に、更に低確率で産まれてきた"普通"の人類だ。未接種、いわば旧人類って言ってしまって良いんじゃないのか、もう。 とにかく、そんな"普通"の容姿を持つ若い世代が、希少種として珍重されるようになった。昔を知ってる世代で、若い頃はザ・フツメンという称号(?)を欲しいままにしてたっつーウチの爺ちゃんも、よく『変な時代になっちまったよなあ。』って言ってる。 美の価値観自体は逆転した訳じゃない。美しいものは量産されてもやっぱり美しいし、それが揺らぐ事はない。只、あまりにも減少すると絶滅危惧種として丁重に扱われるように、"普通"もそういう扱いになっただけなんだと思う。 中高年以上には、まだまだたくさんの普通の人達が居る。けれど、そんな人達の中にも"普通の若者"を懐かしがる年寄りもいる。 若年層が"普通"に魅力を感じるのは、単に自分達と違うからじゃないかと思う。 只、確かにどの世代にも、"普通"は需要があるんだ。 俺が道端でスカウトされて去年から働いている店も、そんな希少種"普通"を売りにしてる、超会員制高級レンタルクラブだ。単なる高級じゃない。超・高級だ。 その名も 『普通男子を愛でる会。』 何で洒落た英語名とかにしないのかって思うじゃん? 俺も思った。 だから入店して間も無かった頃にオーナーに聞いてみた事がある。そしたら…。 「だって普通が売りだから。」 と、よくわからない答えが返ってきた。 そうか。まあオーナーが良いなら良いんだろうな。 俺はダサいと思うけど。 そんな俺、箕田 唯斗は今年19歳になった大学生。 普通の平凡顔で、黒髪黒目の典型的な日本人。 身長172cm、やや細身の中肉中背、右利き、源氏名はユイ。 普通男子を愛でる会の、押しも押されぬぶっちぎりのNO.1なのだ。つまり、圧倒的平凡って事である。 取るに足らない"普通"に生まれたお陰で学生の身分には不相応に稼がせて貰っている俺だが、ほんとは皆と同じ背が高く足の長い美形に生まれたかったと思ってるのは、秘密だ。
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