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「やっぱり瀬戸一のうどんには、宮地のおぼろ昆布がよう合うわぁ」 「おおきに」  湯気の立つどんぶりの中央に乗っかっているおぼろ昆布をほめてくれた老婦人に向けて、優はにっこり微笑んだ。  天女の羽衣を思わせる透けるほど薄いこのおぼろ昆布は、早紀と優の父親が経営する宮地昆布店の商品だ。  宮地昆布店は、瀬戸一ほか近隣の飲食店にだし昆布やおぼろ昆布などを卸す昆布加工所である。  うどんの瀬戸一も昆布の宮地も地域密着型の小さな店で、どちらも大儲けできるような手法はとらず、地元の人たちに愛される堅実な商売をしていた。 「いらっしゃい、今日はどうする?」  早紀と優の席にほうじ茶を運んできたのは瀬戸(せと)暁生(あきお)。  瀬戸一の看板息子だ。 「俺、いつものきつね」 「あたしは天ぷらね」 「あいよ~」  もともと下がっている目尻をさらに下げて、暁生は女性客に評判のキラースマイルとやらを振りまき厨房に戻っていった。 「アッキー、今日も変わらずええ男やわぁ」 「せやな」 「なんやのあんた、その温度の低さ。自分のダーリンに冷たすぎやで」 「だから、ダーリンと違うっちゅうねん」  姉である早紀の冗談にあきれ、優はまたかと言いたげな目を向けた。  得意先と仕入先の関係にある瀬戸一と宮地は、互いの店舗兼自宅が徒歩一分以内という近さにあって、先々代から公私において良い付き合いをしている。  その三代目で両家の現末子である暁生と優は二人とも二十歳で、小さいころから同じ環境で育ってきた幼なじみであるのだが、この地元界隈ではいつごろからか、名物カップルとして祭り上げられるようになっていた。  そんな悲惨なデマが流れる原因を作っている張本人がしばらくしてまた、今度は盆に乗せた大きなどんぶり鉢を、二つ運んでくる。
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