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「彼女の話を聞いてショックでした。ホテルの喫茶室でお見かけして私は一目惚れをしたのです。話をしても感じが良く、この縁談はぜひ形にしたいと思っていたので……。でも彼女を責めることはできませんでした。したくもない見合いを繰り返し、そのたび心を痛めながら相手方に謝罪する。大切な恋人の存在を隠し続けなければならないのは、さぞ辛いことでしょう。でも……っ」
「わっ!」
平坦な調子で語っていた菱川が、突然声を詰まらせ、優の右手を両手で握りしめた。
「気持ちの整理がつかないんです。この想いをいったいどこにぶつければいいのか……。転勤してきたばかりで私には相談相手が近くにいません。弟さんにこんな話をするのは筋違いだと承知しております。でもどうしてもこのことを誰かに聞いてほしくて」
握られた手に力がこもる。
さらにその手を引き寄せられそうになって、優は慌ててカップとソーサを端に寄せ、空いてる左手で菱川の肩を宥めるように叩いた。
「落ちついてください、菱川さん! 俺なんかでよかったら、いつでも話聞くんで」
「ほ、ほんとですか!」
テーブルから顔を上げた菱川がすがるような目を向けてくる。
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