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「あの話、ってなに?」
衝撃の事実に放心していると、暁生がちょっと怖い顔で、首をかしげながら尋ねてきた。
「あのな。姉ちゃんが実は見合い話をいやいや引き受けてたっていう話。その理由が、姉ちゃんには家族にも言えん秘密の恋人がおって、見合いはその恋人の存在を隠しとおすために、仕方なしに引き受けてるんやって」
優が菱川から聞いて、妄想を膨らます引き金となった話だ。
説明を終えると、しばしの沈黙の時間が流れた。
そして数秒後、緊迫して張りつめていた空気が切り裂かれ、瀬戸一の店内がどっと大きな笑いで揺れた。
「ないないないない! んなわけあるかい!」
「見合いと出会いに命かけてる早紀ちゃんに限って、そんな話はありえへん!」
手を打ったり、テーブルに突っ伏したり、腹を抱えたり。
動作は違えど客はみんな息を吸うひまもないくらいに笑いこけている。
「そんな嘘くさい話信じるやなんて、さすが優、口は悪いけどお人好しすぎるわ!」
早紀まで一緒になってヒイヒイ笑う。
そんな中、ひとりだけクスリとも笑わない男が、ゆっくりと菱川と優のそばに近づいてきた。
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