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鉄紺の暖簾をくぐり引き戸をひらくと、食欲をそそる甘いだしの香りがふわっと漂ってくる。
うどん屋の店内には今日も、いつもの席にいつもの常連客たちが座っている。その見飽きた配置を目視して、宮地早紀と宮地優の二人も、暗黙で決められている自分たちの指定席についた。
「相変わらずべっぴんな姉妹やな」
優は振り返って、座るなり声をかけてきた常連客をにらみつけた。
「俺は男や。目腐ってんのか、おっさん」
「うちの妹が相変わらず、口悪くてすいませんねぇ」
「弟やっちゅうねん!」
新喜劇さながらのいつもどおりのやりとりに、うどん屋の中がどっと笑いで包まれる。
大阪の下町にある『手打ちうどん瀬戸一』の店内は、昼の一時を回ると常連客で埋めつくされる。
町医者やら、車の整備工やら、弁当屋のおばちゃんやら。集まったさまざまな職種の客たちの共通点は、この近辺で働く地元民だということ。
腹が空くと旨味たっぷりのうどんだしが恋しくなる、生粋のナニワ人たちの集まりだ。
遅れてやってきた『宮地昆布店』の姉弟、早紀と優も、瀬戸一のうどんだし中毒の仲間だった。
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