152人が本棚に入れています
本棚に追加
けれども甘えたままではいられないのだ。
「週明けには荷物纏めて出て行くから……」
築三十年の一軒家は白檀の香りで純和風。廊下を歩けば、どうしても軋む音がするが、極力、足音を立てないよう居間に入ったら、今は亡き父親が使っていた書斎の扉が開く。
「引越し屋さんが来るの、来週だったっけ」
「もう少し、ゆっくりしていけばいいのに」
実家に帰ったのは五年ぶりってところか。お世話になりましたと兄に深く頭を下げた。静かに花束を受け取る兄嫁は同情の眼差し。
無理もない。雨の夜に押しかけて来られ、ぼろぼろ涙する妹に情けをかけた兄夫婦は、引っ越し先が決まるまで置いてくれたのだ。
「同居までしておいて追い出すとは酷いな。兄としては一発殴ってやりたいところだが、流石に社長令嬢の入り婿に喧嘩は売れない」
黙っていても事情は伝わってしまう⋯⋯。兄の小言は聞こえないふりで、花を生けた。向日葵とガーベラの花が切ないほど眩しい。
最初のコメントを投稿しよう!