失恋 〜 瑠璃苣と蛸と白ワイン

5/15
前へ
/483ページ
次へ
 けれども甘えたままではいられないのだ。 「週明けには荷物纏(にもつまとめ)めて出て行くから……」  築三十年の一軒家は白檀(びゃくだん)の香りで純和風。廊下を歩けば、どうしても(きし)む音がするが、極力、足音を立てないよう居間に入ったら、今は亡き父親が使っていた書斎(しょさい)の扉が開く。 「引越し屋さんが来るの、来週だったっけ」 「もう少し、ゆっくりしていけばいいのに」  実家に帰ったのは五年ぶりってところか。お世話になりましたと兄に深く頭を下げた。静かに花束を受け取る兄嫁は同情の眼差し。  無理もない。雨の夜に押しかけて来られ、ぼろぼろ涙する妹に(なさ)けをかけた兄夫婦は、引っ越し先が決まるまで置いてくれたのだ。 「同居までしておいて追い出すとは(ひど)いな。兄としては一発殴ってやりたいところだが、流石(さすが)に社長令嬢の()婿(むこ)喧嘩(ケンカ)は売れない」  黙っていても事情は伝わってしまう⋯⋯。兄の小言は聞こえないふりで、花を()けた。向日葵(ひまわり)とガーベラの花が切ないほど眩しい。
/483ページ

最初のコメントを投稿しよう!

152人が本棚に入れています
本棚に追加