失恋 〜 瑠璃苣と蛸と白ワイン

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 記念日に婚約者が(ひざまず)いて差し出したのは、見せ掛けだけの薄氷(はくひょう)の指輪だったのだろう。手にすると罅割(ひびわ)れ、溶けて水になるような。心を許せるまで臆病(おくびょう)な瞳を見つめていたい。そう思っていたのに、ただ涙が流れただけ。彼には他に女がいた。心から愛すべき人が。 (浮気にも気が付かない女には冷めるよね)  琥珀色(Amber)の夜風に涙も溶けていきそう……。別れ文句に()台詞(ぜりふ)を思い出すのも(むな)しい。掌に残ったのはワンカラットのリングだけ。売り飛ばそうか。高慢で毒舌、合理主義者。人を愛せない。そんな自分が嫌で(たま)らない。  新居を追い出され、身を寄せたのは実家。彼女の家族は、心優しい兄夫婦だけである。
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