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春一の誕生日SS
「ハルのやつ、今夜は仕事だってぇ!」
来生家に夏樹の怒声が響いた。
「一体なに考えてんだよ。俺がちょっと電話してやる」
「いいのいいの夏樹。今夜は帰れないかもって、ちゃんとハルさんから聞いてるから」
携帯を取り出す夏樹を鈴音が必死になってとめた。
夏樹は大げさに眉をひん曲げて不満を現す。
「だったらあのケーキ、どうする気だよ」
夏樹の見るテーブルには、鈴音が朝から張り切って焼いたホールケーキが乗っていた。
飾ってあるプレートには『HAPPY BIRTHDAY ハルさん』の文字。
今日、5月5日は春一の誕生日だ。
鈴音は少し寂しそうな顔をして答える。
「別にいいよ、秋哉くんと冬依くんが食べてくれるから」
とたん、
「ヤッタ!」
と飛び上がった秋哉の頭を、冬依がすかさずペシンとぶった。
頭を抱える秋哉を無視して冬依が進み出る。
「ダメだよ鈴ちゃん。あれはハル兄へのプレゼントにって焼いたケーキなんでしょう」
「そーだぜ。確かにハルは甘いものニガテだけど、あれは誕生日プレゼントなんだから、ハルが一口は食うべきだ。で、残りはオレがーー」
しょうこりも無くまたケーキに手を伸ばそうとする秋哉を、今度が夏樹がゴチンと殴りつけた。
「甘いものがニガテなんてのは問題じゃねーの」
夏樹はいささか強引に鈴音の肩を抱き寄せた。
「とにかくあれはハルのケーキだ。というわけで俺たちは別のケーキを食べに行こうぜ」
そして夏樹が鈴音を連れてきたのは、ケーキがおいしいと評判のカフェである。
「手作りもいいけど、たまにはプロの味を勉強するもの大事だぜ」
そんな風に言われると、鈴音も遠慮無くケーキに手が伸びるわけである。
さっきまでの寂しそうな顔はどこかへ消え、幸せそうにケーキを頬張った。
一方、秋哉と冬依は店に入れてもらえず、外からふたりを見つめている。
「ぐぬぬぬぬ」
秋哉などうらやましすぎて、犬のようにうなり声をあげる始末だ。
その隣で冬依はそっとイジワルなメールを送りつけていた。
「鈴ちゃんの浮気現場発見だよ」
もちろん相手は、この場にいない春一である。
しかも絶妙な角度で、相手が夏樹だとわからない写真付きである。
「ハル兄、早く来ないとボクは知らないからね」
もちろん、春一は血相を変えて職場を飛び出した。
春一にとって鈴音より大事なものは他にないからである。
「おい、締め切りどうすんだよ!」
「すんません、後でメールで送ります」
この後、何が起こるのかは、また別のお話だ。
@里えりさん Special Thanks
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