神様を殺した風

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 その昔、空を飛ぶ部族が存在した。  彼らは皆一様に髪を短く刈り込み、鬢を様々な色に染め、長く伸ばしていた。一説では、血筋ごとでその色を分けていたらしいが、今は詳しい記録は残っていない。  最近になって、私の祖父がその部族について書かれた資料を持っていたことが分かった。  この資料が後世まで残り、誰かの研究の手助けになることを私は願う。  少年は誰よりも劣っていた。生まれたのは赤の家。相反する青の家とはもちろんん、他の家の人間からも嫌われている。体つきは貧相で同年代の少年たちと喧嘩することもない。  そんな少年にも夢はあった。神渡しになるのだ。少年の父親は神渡しになりたいと言いながら病気で死んだ。風読の村に生まれれば、誰だって一度は神渡しになるという夢を抱く。  神渡しは特別優れた風読(かぜよみ)しかなることができない。それでも、なってみたかった。なぜかはわからなかった。  少年は努力を続けた。しかし、生まれついての体質で筋肉がつきにくい。家柄に至ってはどうあがいても変えられない。  少年は悩み、風長に相談することにした。風長は今年で110を迎える老人だが、未だに空を飛んでいる。そんな風長ならば的確な助言をしてくれるだろうと思ったのだ。  風長は、少年をひと目見て才能がないと言い放った。元来風を読み飛ぶというのは不可能だったのだ。それを可能にしたのは最初に空を飛んだ者の凄まじい精神力、筋力、体力、そして才能だったのだろう。  才能がなければ飛ぶことはできない。諦める他ないだろうと風長は言った。  だが、少年はそう簡単に夢を手放さなかった。その努力が報われることなどありはしないと言われても、一心不乱に修行した。  やがて、少年の幼馴染がその努力を認めた。彼にとって、彼女は初めて自分の努力を認めてくれた人間だった。母親は自分たちは赤の家だからと言い、人生に諦めていたからだ。  幼馴染は少年と一緒に毎日修行に励んだ。少年は大きくなり、青年になった。  ある日、幼馴染は彼に聞いた。なぜそこまで空を飛びたいと願うのか。彼はその答えを知らなかった。彼自身なぜか分からなかったのだ。それはずっと彼が自分に問うてきたことでもあった。けれど答えは見つからない。彼は分からないのだ。  それは突然に起こった。彼らの住む土地を巨大な竜巻が襲ったのだ。いくら空が飛べると言っても、何の準備もなしに舞い上げられては助からない。修行中の彼と幼馴染以外は飛ばされて死んでしまった。  彼と幼馴染はちょうど飛ぼうとしていたところだった。彼の腕につけられた人工翼は風を受け、空中に彼の体を持ち上げた。  彼は、飛んだ。高い空まで飛び上がり、くるくると回る大気の中で笑い声を上げた。できてしまえば簡単なことで、どうして出来なかったかが分からないほどだった。  回りながら彼は空に憧れた理由を悟った。  彼らは竜巻から逸れて、村の上空を飛んだ。村の家は吹き飛ばされ、何年も前のもののように荒れ果てていた。  彼は長老の家の中に降り立った。いつか彼を否定したそれは、もう崩れ去った。  彼は自分の家に降り立った。いつか彼を見捨てたそれは、失くなった。  彼は神渡しになりたかった。けれど、今や彼を神渡しとして定義づけるものはない。彼は神渡しになる機会を永遠に失ったのだ。  幼馴染は彼に問うた。なぜそんなに嬉しそうなの。嬉しいのとは少し違うようにも見えるけれど、悲しいのかしら。  彼は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。そして言う。俺がなぜ空に憧れたかわかるか。それはなあ。  突如彼の体は地に落ちる。数秒の後、彼は息絶えていた。幼馴染は自分の青い鬢の毛を指先で弄りながら小さく呟いた。その内容を知るものはいない。    曾祖母から聞いた御伽噺               私の愛する娘たちへ                          アイラ・セレステ
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