アンノウンの生贄

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 そこで目が覚めた。  慌てて周りを見渡すと、いつも通りの自室のベッドの上にいた。  そうか、あれは夢だったのか。それにしてもなんて恐ろしい夢だろう。この村が悪魔に襲われて、何人も村人が死んで、挙げ句の果てに私が焼かれるだなんて。  いちばん恐ろしいのは自分が焼かれたことではなく、悪魔に為す術も無く屈してしまったことだ。きっとそれは、私の神様への信心が足りなかったが故なのだろう。  あの夢のようにならないよう、しっかりと信心を持たなければ。  ベッドから起き上がり、身嗜みを整える。それから、朝の勤めをするために自室を出て教会の聖堂に向かうと、すでに起きて掃除をしている人影があった。 「シスターオーエン、おはようございます」  私がそう声を掛けると、掃除をしていたシスターオーエンは手を止め、私を見て微笑む。 「おはようございます、エレミアス神父。 今日はすこしお寝坊ですか?」  こうやってシスターオーエンが私に対してからかうようなことを言うのはいつものことだ。  そばかすの浮いた清純でかわいらしい顔でこのようにされると、いくら私が神父の身であっても、どうしてもときめいてしまう。  微かに頬が熱くなるのを感じながら、シスターオーエンの手から箒を取る。 「掃除はここまでにして、朝の勤めをしましょう。 朝の勤めをしないと、朝食も食べられませんし」 「うふふ、もう朝ごはんの話ですか? 食いしん坊さんですね」  箒をいつもの場所に片付けながらシスターオーエンの言葉を聞く。こんなにかわいらしい人が私の教会のシスターになってくれてうれしいけれども、すこしだけ困ってしまう。だって、神様のことではなく彼女のことで頭がいっぱいになってしまうことがあるから。  ふたりで長椅子に腰掛けて、朝の勤めをする。この教会にいる聖職者は、私とシスターオーエンのふたりだけだ。もっと大きな教会や修道院ならば、もっとしっかりとした儀式ができるのだろうけれども、片田舎の農村にあるこの教会では、朝の勤めはいつも簡素なものにせざるを得ない。  神様に祈りを上げて、勤めを終える。それからふたりで聖堂を出て食堂へと向かった。  この教会の食堂は、台所も一緒に据えられている簡素なものだ。雪もちらつくほどに寒くなってきたこの時期は、小さなパンと、乾燥させた野菜か冬でも保存の利く野菜を煮こんだ薄味のスープくらいしか食べるものがない。  それでも、シスターオーエンが作ってくれる食事はおいしいし、私は満足している。  目の前に座ってスープを口に運ぶシスターオーエンをちらちらと見る。控えめな仕草を見ると、どうしようもなく愛おしい。  食事が終わって、暖炉に入れる薪を用意しようと外に出る。  すると、恐ろしい光景が目の前に広がっていた。  空が緑色に染まっていて、雷鳴が聞こえる。これは一体なにが起こったのだろう。  私の後について出てきたシスターオーエンが小さく悲鳴を上げてから呟く。 「これは……天候魔女か悪魔の呪いですか……?」  思わず立ちすくんでいると、慌てた様子の村人が駆け寄ってきてこう言った。 「エレミアス神父、大変なんですよ! 急に何人ものやつらがひどい咳をしはじめて、熱を出して倒れちまったんです!」  この不可思議な現象と、村人の病。そのふたつが同時に起きるなんて、悪魔の呪いとしか思えなかった。  私は村人を落ち着かせながらこう返す。 「とりあえず、熱を出している人のところへ案内してください。 神様への祈りを上げに行きますから」 「はい、はい、たのみます……」  村人について病人の元へと行く途中、私は今朝見た夢のことを思い出す。たしか、あの夢の中でも今日のように空が緑色になったあと、ひどい咳が続く奇病が流行っていた。  私が見た夢は、今まさにこの村を襲っている悪魔の呪いを私に告げるものだったのかと思う。  そして、あの夢が神様からのお告げであるなら、悪魔を祓うことができなければ、私はきっと村人達に焼かれるのだろう。  それはなんとしても避けなければいけない。私がいなくなったら、この村の悪魔を祓えるものがいなくなってしまう。そうなってしまったら悪魔のなすがままだ。  村人達はもちろん、シスターオーエンを悪魔の毒牙にかけさせるわけにはいかない。  そう、この村に住む私の弟だって、悪魔にくれてやるわけにはいかないのだ。  村人達の家をまわり、奇病に冒された人々を聖水で清め、悪魔を祓うための祈りを上げる。けれども、悪魔が去るような気配はなかった。  これ以上悪魔の呪いにかかる村人を増やすわけにはいかない。村人の家をまわり終わった私は急いで教会に戻り、シスターオーエンに声を掛ける。 「シスターオーエン、宿り木を用意してください」  私の言葉に、シスターオーエンは表情を硬くして頷いてから、香草などを保管している倉庫へ向かう。その倉庫には魔除けのための宿り木を乾かして蓄えてあるのだ。  シスターオーエンと村中をまわり、家々の玄関に宿り木をかけるように指示を出していく。そうして最後に訪れた家は、私の両親と弟が住む家だ。 「ごめんください」  ドアを何度かノックして声を掛けると、中から不安そうな顔をしたお母さんと弟が出てきた。 「ああ、一体なにが起こっているのでしょう……」  不安そうにそういうお母さんに、私は宿り木を渡して言う。 「これを玄関にかけてください。 この村に呪いをかけようとする悪魔が入らないように」 「そうですね。そうしましょう」  お母さんが玄関に宿り木をかけている横で、弟が不安そうに私を見上げる。 「お兄ちゃん、この村に悪魔が来たってほんとう?」  服の裾を掴む弟を強く抱きしめる。 「大丈夫ですよエーディク。ちゃんと神様に祈っていれば、悪魔はいなくなりますから」  弟のエーディクもぎゅっと私に抱きついて頷く。  とにかく私は、悪魔を祓うために手を尽くすしかない。  空を見上げると、緑色の光は消え、どんよりとした雲が覆っていた。
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