アンノウンの生贄

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 それから雪が積もるような頃になっても、村人達の奇病は収まらなかった。奇病がどんどん広がっていくのだ。  どんなに清めても死者が減らないし、悪魔の呪いを祓うために病人の家の皿を割っても、悪魔はその手を引かなかった。  あの異変があった日に見た夢を思い出す。私はこのまま悪魔を祓えないのだろうか。  村人達が私に疑惑の目を向けはじめる。それも仕方がないだろう。なにをしても悪魔を祓えていないのだから。  いつも通りの夕べの祈りの後、シスターオーエンとどうするべきか相談する。彼女は猛威を振るう悪魔の呪いに、明らかに心を痛めていた。 「どうするもなにも、神様に祈るしかないでしょう……」  か弱い声でそう呟いたシスターオーエンがあまりにも儚くて、このまま消えてしまいそうで思わず抱きしめる。 「なんとか、神様に信仰を示さないと」  私はそう言って、シスターオーエンを抱きしめたまま考える。他の誰よりも大切な彼女のことを安心させたかった。  ふたりとも黙り込んで、お互いの温もりだけを感じることしばらく、私は決断した。 「神様に生贄を捧げましょう」  その言葉にシスターオーエンは戸惑う。 「そうは言っても、この村には神様に捧げられるだけの羊は……」  そう、この村にいる羊はこれ以上屠れない。春になって新しく生まれるまでは手を着けられない。 「春まで待つのですか?」  シスターオーエンの言葉に私は頭を振る。 「子供を捧げましょう」  私の言葉を聞いて、シスターオーエンが体を離して震える声で言う。 「いけません、いけませんそんなこと。 きっと村人達も納得しません。 それに、誰を捧げるというのですか」  私の服を掴んで、シスターオーエンが涙を零す。  できれば、私としてもやりたくはないけれども、これ以外にもう神様に信仰を示す術が思いつかないのだ。 「村人達には口減らしと説明しましょう。 丁度、食糧も厳しくなってきていますし」  シスターオーエンは泣き続ける。私はまた彼女を抱きしめて、背中を優しく叩いた。  翌日、私は無事な村人達を集めて、悪魔の呪いに打ち勝つまで食糧を持たせて生き残るため、口減らしをしようと提案した。  口減らしをすること自体に村人達は異論は無いようだったけれども、誰を減らすのかということで揉めそうになった。 「エレミアス神父、そうは言っても誰を犠牲にするんですかね?」  自分の家の働き手となる子供を減らされてはたまらないのだろう。村人達が厳しい目で私を見る。  私ははっきりとこう答えた。 「エーディクを犠牲にします」  それを聞いて、村人の中にいたお父さんとお母さんが十字を切ってから顔を覆う。  エーディク本人は、自分に課せられた運命がわかっているのかいないのか、ぐっと口を結んでからこう言った。 「……お兄ちゃんがそういうならいいよ」  村人達の間に微かな安堵が広がる。その中で、村の中でも裕福な者がこう言った。 「うちにいるみなしごもぜひに」  ああ、あの家にいるみなしごは、エーディクと同じ年頃の女の子だったな。きっとあの口ぶりだと、あの家でひどい扱いをされているのだろう。そうであるのなら、あのみなしごにとっては死は救済となるかもしれない。  誰を犠牲にするかが決まったところで、私は教会からいくばくかのパンを籠に入れて持ってきて、エーディクとみなしごを連れて村を出る。  積もった雪の上に足跡が残る。目指す先は、今は使われていない小さな教会だ。  村からだいぶ離れた場所にあるその教会に着く頃には、私の足は冷え切っていた。きっと、エーディクもみなしごも同じだろう。  一見ただの小屋にしか見えない教会に、ふたりを入れてパンを渡す。 「これが最期の餞別です。 さようなら」  ふたりはなにも言わない。私も黙って教会の扉を閉めて、せめてもとポケットの中に入れて置いたちいさな宿り木の枝を吊した。  帰り道、雪が静かに降り始めた。行きに付けた足あとがすこしずつ薄くなっていく。  そして村に着く頃には、私の足跡しか残っていなかった。
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