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久遠は、ポケットから小さなハンディタイプの和英辞書、
それもかなり使い込んだものを
取り出した。
「これが、唯一の母親の形見なんだ。」
久遠がパラパラとページをめくると、一枚の赤いもみじの押し葉が、はさまっていた。
「きっと、とてもきれいだったから、残しておきたいと思ったんだろうね」
久遠はその押し葉を手に取ると、くるくると回した。
久遠の母親も、
紅(くれない)に染まったもみじの木を見上げ、
その美しさに見とれたのだろうか。
「日本の事ももっと、教えて欲しかったのに。」
天音は、その押し葉を見続けた。
「それで、天音ちゃんのもみじのホテルを見た時、
ここが俺の帰る場所だって、確信した」
久遠は壊さないように、もみじをページに挟んで辞書を閉じた。
「あと、天音ちゃんが黒い着物を着た時、本当に驚いた。
あの人は、セレモニーや大切なお客が来た時は、
黒い着物をいつも着ていたから。
まるで母親が、立っているかのように、
一瞬・・・思えてしまったからね」
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