プロローグ

2/2
前へ
/29ページ
次へ
 女性の言葉が理解できたのか、少年は青い世界へと向き直った。先ほど見つけたあの影を再び見つめ、その影がほかの影をどんどんと追い抜き、この青い世界の中で何よりも、誰よりも自由に生きている姿を、その瞳に映している。 「……でもさ」 「うん?」  ふいに、少年が女性へと語り掛ける。その声は今までのような騒がしい子供の声ではなく、どこか、ふつふつと湧き上がるような意思の強さを感じさせた。 「それって、やっぱりすげーくない?」 「生きるために泳ぐことが、か?」  少年は首肯する。 「だってさ、それがなきゃ生きられないんだろ? そうするのが当たり前なんだろ? ならやっぱり、どんな『好き』よりも、それが一番すげー」  少年の言葉に、女性は眠たげな瞳を見開き、そしてまぶしそうに細めた。一心不乱に青い世界を見つめる少年の横顔を、その瞳を、決して忘れないように。そして、その瞳に宿る強い意思を、自分の中にとどめておくために。 「アヤメさん。おれ、こんな風に生きたい」  少年の瞳が女性を映す。ありのままの純粋さと夢への熱をともす瞳だ。その視線を真正面から受け止めて、女性はフッと笑った。 「言ったからには、覚悟しておけよ? 明日からの練習はこんなもんじゃないからな」 「うんっ!」  年相応の笑顔を見せる少年に、女性はどこか安堵する。  誰かが言った。  子供の夢は叶わない、と。  あの瞳の輝きが、どうか失われないように。女性はこのとき、確かにそう願った。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加