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女性の言葉が理解できたのか、少年は青い世界へと向き直った。先ほど見つけたあの影を再び見つめ、その影がほかの影をどんどんと追い抜き、この青い世界の中で何よりも、誰よりも自由に生きている姿を、その瞳に映している。
「……でもさ」
「うん?」
ふいに、少年が女性へと語り掛ける。その声は今までのような騒がしい子供の声ではなく、どこか、ふつふつと湧き上がるような意思の強さを感じさせた。
「それって、やっぱりすげーくない?」
「生きるために泳ぐことが、か?」
少年は首肯する。
「だってさ、それがなきゃ生きられないんだろ? そうするのが当たり前なんだろ? ならやっぱり、どんな『好き』よりも、それが一番すげー」
少年の言葉に、女性は眠たげな瞳を見開き、そしてまぶしそうに細めた。一心不乱に青い世界を見つめる少年の横顔を、その瞳を、決して忘れないように。そして、その瞳に宿る強い意思を、自分の中にとどめておくために。
「アヤメさん。おれ、こんな風に生きたい」
少年の瞳が女性を映す。ありのままの純粋さと夢への熱をともす瞳だ。その視線を真正面から受け止めて、女性はフッと笑った。
「言ったからには、覚悟しておけよ? 明日からの練習はこんなもんじゃないからな」
「うんっ!」
年相応の笑顔を見せる少年に、女性はどこか安堵する。
誰かが言った。
子供の夢は叶わない、と。
あの瞳の輝きが、どうか失われないように。女性はこのとき、確かにそう願った。
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